【E】第91回 0h! Enkaの会を開催しました。

1.日時:   平成28年 8月21日(日)11:00~15:15
2.会場:   中華レストラン 国分寺「龍栄」
3.出席者:  75名(会員および同伴者69名、アンサンブル・ブルーベリーズ゙6名)
4.プログラム:(氏名は敬称略)
第1部 カレッジソング(塾歌 オール慶應の歌、三色旗の下に、慶應讃歌)
第2部 バンド演奏  アンサンブル・ブルーベリーズ
・   (辻 宏一:ウクレレ/ギター、安齋眞彦:バンドネオン/パーカッション、小椋健士:ギター
・    佐藤 勇:フルート/パーカッション、川口久代:スチールギター/ウクレレ、毛利典子:ボーカル)
・ハワイアン (小さな竹の橋の下、Blue Hawaii、鈴懸の径、愛のモーニングデュー、
・       南国の夜、倖せはここに、ダヒル・サヨ、ハワイの結婚式の歌)
・外国ポピュラー曲(Nathalie、砂に書いたラブレター、素敵な貴女、オーシャンセリゼ、Felicia、
・        All of Me、When You’re Smiling Quiereme Mucho)
第3部 季節の愛唱歌(浜辺の歌、夏の思い出、上を向いて歩こう)
第4部 「生オケ」:有志18名よる独唱(演奏:アンサンブル・ブルーベリーズ)
・     (池田敏夫、芳賀 崇、平林正明、矢野拓郎、増井 信、久保田宏、古賀良三、常谷敦彦、高橋伸一、
・      星野信夫、伊藤 克、井上博文、大上祥彦、清水 元、武田寿和、菅谷國雄、吉松峯夫、塩井勝也)
エール交歓 (若き血)

・今回のメインゲストはハワイアンバンド“アンサンブル・ブルーベリーズ”です。Oh!Enkaの会:辻会員がリーダーとなり、楽譜さえあればどんな曲でも演奏できるので、老人ホーム、病院などで音楽療法を兼ねたボランティア活動もされています。今回のためにOh!Enkaの会:安齋会員、小椋会員もメンバーに加わり、ハワイアンはじめ、外国のポピュラー曲、ラテン、タンゴ等を演奏しました。いつもとは違うメンバー編成でしたが、熱心な演奏計画が実り、良く息があっていました。ハワイアンバンドは昭和30年~40年代の全盛期は東京地区だけで、約6,000ほどあったそうです。いまではすっかり減ってしまいましたが、最近フラダンスが盛んになり、また脚光を浴びてきたとのことです。ハワイアンには欠かせないスチールギターのムーディーな音色、ドイツで生まれ、アルゼンチンで「タンゴ」とともに普及してきたバンドネオンの哀愁をおびた音色も楽しむことができました。バンドネオンは扱いが難しく「悪魔の楽器」と呼ばれているそうです。今では生産が途絶え、故障しても自分たちで修理するしかないとのことです。辻さん、安齋さんのトークも見事でした。昼食をはさんで多少のアルコールも入り、夏のひと時を楽しませていただきました。
・もう一つのメインイベントは「生オケ」、世話役代表塩井さん肝いりの企画です。塩井さんからの熱心なお誘いもあり、18名が参加しました。「生オケ」は音合わせが難しく、リハーサルでは苦労しましたが、本番は良かったと思います。バンドの皆さんは歌い手に合わせてくれます。NHKのど自慢と違い採点するわけではありません。最初は緊張していましたが、歌い手それぞれが曲に対する想いを語り、会場からも掛け声がかかり、だんだんと盛り上がってきました。トリは塩井さんです。世話役がバックコーラスを担当し、「新妻に捧げる歌」を情感を込めて歌い上げました。まさに「歌い手」「バンド」「会場」が一体となって楽しむことができました。
・最後は平林会員の指揮による「若き血」斉唱です。全員が肩を組み。音響効果が良い会場に力強く響きました。
・今回は大勢の方から「良い企画だね」とか「良かった、良かった」との声をいただきました。①塩井さんの楽しい企画、②アンサンブル・ブルーベリーズの熱心な演奏、③「生オケ」参加者の楽しい歌声、④会場からの声援のおかげで大盛況でした。次回もご期待ください。

次回 :9 月17日(土) 10:00~12:00  会場:本多公民館視聴覚室  Songs
次々回:10月22日(土) 11:00~15:00  会場:「龍栄」
第1部:慶應義塾大学名誉教授 美山良夫先生による「オペラと華の愉しみー慶應での出会いから」
第2部:慶應義塾大学ワグネル・ソサイエティOB小島常弘氏(テノール)と米田嗣幸氏(バリトン)の
・   ジョイントコンサート
世話役代表:塩井勝也(S41法)、
世話役:金田 一(S42工)、高橋伸一(S45法)、久保田宏(S46工)、矢野拓郎(S46商)、
芳賀 崇(S47経)、平林正明(S47経)、山田健(S47経)、池田敏夫(S47商)、井上 徹(S49政)

[歩]江の島シラス料理を堪能し、㈱タツノ工場見学をしました。

7月25日に「ヤングサロン」との共催で第43回歩こう会を実施しました。

計21名の参加者が集まり、江の島で新鮮なシラス料理を堪能した後、江の島神社を参拝しました。江の島は東京に近くにあり、若い頃に何度も訪れた湘南を代表する場所です。神社に向かう道はもちろん昔のままですが、店が増えたことと外国人が目立ったのが印象的です。

江の島のあとは、モノレールとタクシーを利用して㈱タツノ工場見学を行いました。㈱タツノは1911年5月に設立した100年を超える老舗、従業員も1000人を超える日本有数の石油関連機器製造会社で、ガソリン計量機のシェアでは国内で60%を超え、またアジアを中心に輸出も行っています。今回は当三田会会員の古屋敏郎さんの紹介により見学会が実現しました。龍野社長様のご挨拶を頂いた後、広報担当の方に同社の歴史・事業内容についての説明を受け、続いて工場見学を行いました。ショールームに展示されていたレトロな給油機(第2号機)は日本の機械遺産に指定されているそうです。(因みに1号機は港区三田図書館前に陳列されています)地下タンクコーナーでは、プロジェクションマッピングが大きな2万リットルのタンクに投影され、ガソリンタンクの構造を解説いただきました。またロボットアームが器用に油量計の心臓部を製造している姿を見学したり、水素自動車の試乗もさせていただきました。日本のモノつくりの技術力の高さ素晴らしさを経験した貴重な一日でした。

龍野社長様はじめ㈱タツノの皆さま方に本当に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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【Y】第20回ヤングサロンの会を開催しました

7月25日、「歩こう会」との共催で第20回ヤングサロンの会を開催しました。
計21人の参加者が集まり、江の島で新鮮なシラス料理を味わった後、江の島神社をお参りしました。江の島は東京の近くにありますが、中々訪れる機会も少ない様で何十年振りの訪問という方もおられました。江の島の後は㈱タツノ工場見学が控えている為、ビール抜きの昼食となりましたが、ここはぐっと堪えて我慢。
㈱タツノは1911年5月に設立した100年を超える老舗、従業員も1000人を超える日本有数の石油関連機器製造会社で、ガソリン計量機のシェアでは国内で約60%を越えます。今回当三田会会員の古屋さんの紹介により見学会が実現したものです。
同社では社長に最初のご挨拶を頂いた後、広報担当の方に同社の歴史・事業内容についての説明を頂き、続いて工場見学を行いました。ショールームに陳列されていたレトロな給油機(第2号機)は日本の機械遺産に指定されているとの事です。
地下タンクコーナーでは、プロジェクションマッピングが大きな2万リットルのタンクに投影され、ガソリンタンクの構造を解説頂きました。ロボットアームが器用に油量計の心臓部を製造している姿も見学できました。当工場は建屋内外共整然としており、歴史ある製造会社の様子が窺えました。工場見学の後、有志が国分寺の居酒屋に集まり、昼食時お預けとなっていたビールで乾杯し、盛り上がりの内に楽しい一日を終えました。

龍野社長様はじめ㈱タツノの皆さま方、大変お世話になりありがとうございました。

 

【講】国分寺三田会第9回定期講演会を開催しました

第9回国分寺三田会定期講演会
主催:国分寺三田会、 協力:立川三田会、国立三田会
後援:国分寺市、国分寺市教育委員会、国分寺市社会福祉協議会

2016年7月2日(土)に国分寺駅ビルLホールにおいて本年度主要行事であります「第9回国分寺三田会定期講演会」を開催いたしました。講師に医療法人社団慶成会会長の大塚宣夫先生(医学博士、青梅慶友病院・よみうりランド慶友病院創設者)をお迎えし、小笠原国分寺三田会会長の挨拶の後、「豊かな老後は自分でつくる(終活)」という演題で、約1時間半(質疑応答含む)の講演をしていただきました。会員以外の参加者は立川三田会、国立三田会、その他近隣三田会、KP会、国分寺稲門会、欅友会の皆様を始め、今回は特に国分寺・小金井・小平の一般市民の方々も多数参加され、出席者総数は約200名の会場が満席となり、たいへん盛況な講演会となりました。
引き続いて行われた懇親会には大塚先生を始めとして約90名の方が出席され、渡邉国分寺三田会副会長の挨拶、大石立川三田会会長の乾杯のご発声の後、会食・懇談に移りました。

講演概要
大塚先生は、1974年に訪問された姥捨て山のような老人病院の状況に衝撃を受けられたことがきっかけとなり、自分の親を安心して預けられる究極の終の棲家をめざして1980年に青梅慶友病院を、2005年にはよみうりランド慶友病院を設立され、これまでに患者数は10,000人を超え、8,000人以上の方の人生の最後に立ち会われました。今回はそのご経験を踏まえて、豊かな老後をつくるための貴重な知識、ヒントについてご講演をいただきました。

日本は65歳以上の人口が26.7%、75歳以上の人口が12.9%になり、超高齢社会を迎えている。核家族化に加えて家族も高齢化しており家族による介護力が低下していること、高度経済成長と次世代人口の維持を前提として作られている社会保障制度も脆弱化していることから、超高齢社会の重圧は極めて深刻である。
このような超高齢社会において老後を豊かに過ごすためには、①配偶者や子供の世話になることは難しく(親の面倒をみる動物はいない)、自分で老後を考え準備する、②老け込まず(年齢の0.8掛けが真の年齢と意識する)、依存心を捨て、身体の衰えに負けない精神力で自分を元気に保つ、③75歳を超えると臓器が耐用年数を迎え、自己修復力が低下し、認知症への不安が生じてくる等、心身ともに変わることを認識する必要がある。残念ながら認知症は現在の医学では治療ができない。認知症になってしまったらできないことを今やるべきである。
また、お金では幸せを買うことができないが、お金である程度老後の不便さ、不具合を回避することはできる。自分のお金を老後のために上手に使い、確保しておくことが必要である。
老後を迎えるにあたって三つのステージに分けて考え、対応することが重要である。前期(65歳~75歳)では、自分のことは自分で対処し、仕事を続ける等自立を心掛け、健康管理に留意する。一人暮らしのできる人は長生きができる。中期(75歳~85歳)ではあらゆる面での衰えが自他ともに感じられるようになり、認知症や介護の問題が身近になってくる。先行きが不透明だが、今やりたいことはすぐやるように心がける。後期(85歳~)は人生の最終楽章であり、医療の限界を知りジタバタしないことである。
それでも介護、医療が必要になる時が来る。まず、家族介護の難しさを認識すべきである。介護は優しい気持ちだけではうまくいかない。介護は技術・知識・コツ・仕組み・道具立てを必要とするプロの仕事なのである。また、このままだと崩壊が懸念される公的サービスの実態、ピンからキリまである高齢者施設の実態、そして受ける側にとっては苦痛や不安が伴う医療措置や延命を第一優先にせざるを得ない医療現場の実態等について知っておくことも重要である。
介護はプロに任せ、苦痛なく枯れるように穏やかに人生の幕を閉じる。これが家族への最良のプレゼントである。“終わり良ければすべて良し”である。

最後に、大塚先生から超高齢化社会への二つの提言をいただいた。

1. 高齢者の定義の見直し
高齢者の定義を65歳から75歳とし、それぞれが自分の力で生きる努力をする。そうすることで社会は活性化し、わが国の抱える難問の解決法も見えてくる。
2. ヨーロッパ式人生の終わり方
ヨーロッパの老人病院では寝たきりの患者が極めて少ない。動物の世界がそうであるように、自分の力で食べ物が飲みこめなくなったらそれ以上の手段はとらない。我が国もヨーロッパ式の人生の終え方を見習うべき時期に来ている。

老後は誰にも訪れますが、多くの方が十分に準備をせず、ついつい先延ばしにしてしまいます。今回の大塚先生のお話はまさに目からうろこで、「終活」を考える上で重要なヒントをたくさんいただきました。人生を楽しみながら、老け込むことなく、自分で老後を考え準備しておくことの必要性を改めて感じました。

〈大塚宣夫先生プロフィール〉
1942年 岐阜県生まれ
1966年 慶應義塾大学医学部卒業
1968年~1979年まで (財)井の頭病院で精神科医として勤務
1980年 青梅慶友病院を開設し、院長に就任
1988年 同病院を医療法人社団慶成会に変更し、理事長に就任
2005年 よみうりランド慶友病院を開設
2010年 医療法人社団慶成会会長に就任
著書:「人生の最後は自分で決める」(ダイヤモンド社) 他
(文責 髙橋伸一)

講演会事務局 前原憲一(S45工)、藤枝とし子(S43文)、髙橋伸一(S45法)、
岩田友一(S45工)、古賀良三(S46経)、久保田宏(S46工)、
池田敏夫(S47商)、沼野義樹(S48経)

大塚先生1

講演すがた1

会場風景1

【ゴ】国分寺稲門会・三田会懇親合同ゴルフ会報告

スタート前にウッドデッキにて

スタート前にウッドデッキにて

国分寺稲門会・三田会懇親合同ゴルフ会を7月12日昭和の森ゴルフコースで開催いたしました。またプレイ後終了後は国分寺駅北口の龍栄にて表彰式・懇親会を行いました。
ここ数年中断していました懇親合同ゴルフ会でしたが、復活第1回は天気にも恵まれ、楽しくプレイし、また和やかな懇親会となりました。団体優勝は国分寺三田会、個人優勝は国分寺稲門会の舘様、ベストグロスは国分寺稲門会の若林様がエージシュートを逹成され獲得されました。
懇親会には、プレイに参加しなかった稲門会日置様、三田会小笠原会長も出席されました。

 

国分寺稲門会・三田会懇親合同ゴルフ会
・ 開催日   平成28年7月12日 (火曜日)
・ 場 所   昭和の森ゴルフコース
・ 参加者   国分寺稲門会:13名  国分寺三田会13名  合計26名
・ 時 間   8:00 アウト・インスタート~ (計7組)
・ 会 費   1500円
・ 競技方法  新ぺリア方式 個人戦・団体戦(参加者平均ストローク)
・ 個人成績

優勝舘(稲門会)準優勝久保田(稲門会)3位小林(三田会)7位宮西(三田会)
10位樋口(三田会)15位山崎(稲門会) 20位丸山(稲門会)BB賞林(稲門会)
BG:若林(稲門会)(39:34 計73 エージシュート)

・ 団体成績  国分寺三田会(平均 77.3) 2位:稲門会(平均 78.0)
・ NP賞 :10名  (out2ホール、in3ホール)

OUTスタート 北村(三田会)久保田(稲門会) 若林(稲門会)北村(三田会)谷田(稲門会)
INスタート  林 (稲門会) 横瀬(三田会)宮西(三田会) 平林(三田会)小林(三田会)

合同ゴルフ会懇親会
・ 場所   国分寺北口 龍栄
・ 時間   18:00~
・ 参加人数  24名

【E】第89回 0h! Enkaの会を開催しました.

1.日時:    平成28年 6月19日(日)10:00~12:00
2.会場:    国分寺本多公民館 視聴覚室
3.出席者:   会員および同伴者55名
・        松岡和子氏(講演)、森川由美子先生(ピアノ伴奏と歌唱指導)
・        髙邑勉氏(応援指導部OB)
4.プログラム:
・ 第1部 カレッジソング(塾歌 踊る太陽 我ぞ覇者 オール慶應の歌)
・ 第2部 松岡和子氏講演 「シェイクスピアの生命力」
・ 3部 皆で歌おう、季節の歌(銀色の道 牧場の朝 茶摘み)
・        エール交歓・若き血

いつも通り森川先生のご指導でカレッジソングを数曲歌って例会は始まりました。今日は応援指導部OBの髙邑さんのご発声でいつにも増して元気で力強い歌声でした。
今回のメインゲストは翻訳家・演劇評論家の松岡和子先生です。「シェイクスピアの生命力」
と題して1時間強の講演をしていただきました。
先生は、シェイクスピアのご専門であり、翻訳だけではなく演劇舞台の企画・指導等にも深く係っておられます。また著書も多数出版されております。
今年はシェイクスピア没後400年に当たるそうですが、今日はシェイクスピアがなぜこんなにも長く、時代を超え国境を超えて読み継がれ演じ継がれているのかというその訳を分かり易くお話しいただきました。
日本人なら誰でも知っているシェイクスピアですが、意外とまともに読み込んだ方は少ないのではないでしょうか。実は、松岡先生ご自身も最初はシェイクスピアからむしろ逃げ回っておられたとのこと、最初に翻訳されたのはトム・ストッパードの現代劇の作品で、シェイクスピアを訳し始めたのは1993年からだそうです。
特に演出家の故蜷川幸雄氏に出会ってからは、人生の方向を指し示されたようにシェイクスピアをライフワークとするようになったそうです。
現在全37本のうち32本まで翻訳が終わったそうで、あと5本に注力するということです。

シェイクスピアはGrammar Schoolしか出ていませんが、天才的な言葉の能力のある作家です。シェイクスピアの作品はローマが舞台であれデンマークが舞台であれ、勿論英語で書かれていますが、いつかは日本語をはじめ各国の言語に翻訳されるということが予め念頭に入っていたのではないか、と思われるような言葉遣いになっています。ジュリアス・シーザーの中にそういうセリフがちゃんと入っています。シェイクスピア自身がまるで予言しているかの如くです。
また、同時代の作家ベン・ジョンソンが「(シェイクスピアの作品は)一時代のものではなく、すべての時代のものだ」とも予言したとおりになっています。
長いこと翻訳をやってきましたが、シェイクスピアの作品は「すべての喜劇は結婚で終わる。すべての悲劇は結婚から始まる」に尽きると思っています。
蜷川さんはシェイクスピアの世界をいかに日本のお客様にスッと受け入れられるかということを第一に考えていました。戯曲の翻訳という仕事を長くやってきましたが、実は翻訳から舞台で演じるに足る決定稿になるまでは紆余曲折があり、演出家や俳優から啓示を受けることも多々あります。
訳してみると、知っているけど口に出したことがない、普段はこんな風には言わない、言わないけど言ってみたらスカッとするというようなセリフが随所にあります。
「黙読は知識になる。音読は体験になる」ということなんだろうと思います。
同じ目線の人やそうでない人への言葉の使い分け、また、一人の相手に言っているようで実は全員に言っているとか、全員に言っているのだが実は特定の一人に言っている、というようなリーダーたるにふさわしいような言葉づかいも見事に使い分けられています。この辺にシェイクスピアが長い時間色あせずに生き抜いてきた理由があるのではないでしょうか。

こうしたお話を伺ってから、改めて「ジュリアス・シーザー」から阿部寛(ブルータス)と吉田鋼太郎(キャシアス)の練習風景と同じ場面の本番のDVDを見せていただきました。
練習の時から真に迫った演技ですが、本番ではさらに凄味が増して古代ローマの物語が全く日本の演劇になっている、ということを実感させてくれました。本番の舞台でもジャズセッションのように毎日新しいことが起きるんだそうです。まさに、言葉は生きている、シェイクスピアが生きている、とはこういうことなんだと思いました。
シェイクスピアの作品を改めて読んでみたい、演劇も見てみたい、と思いました。

【プロフィール】
松岡和子(まつおかかずこ)、翻訳家、演劇評論家。東京女子大学英米文学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。東京医科歯科大学名誉教授。「彩の国さいたま芸術劇場」企画委員。
1993年以来シェイクスピア全戯曲37本の翻訳に取り組んでおり、32本まで終了。
「すべての季節のシェイクスピア」「深読みシェイクスピア」など著書多数。
なお、本会での松岡先生の講演は一昨年に続いて2回目でした。世話役塩井さんの高校同期生ということで著名な先生をお招きすることができました。

講演後皆で愛唱歌を歌ってから、再び髙邑さんに登場願って全員肩を組んで「若き血」を斉唱しました。締めくくりの平林会員によるエールも高邑さんに勝るとも劣らない熱演でした。

 

【歴】歴史散歩 鉢形城跡

2016年6月5日に恒例の歴史散歩の会として、鉢形城跡を訪ねました。当日朝、国分寺を出発する頃は雨模様でしたが、寄居駅に着くころには晴れ間もでてきて、恰好の歩き日和となりました。参加者は19名でした。
今回「鉢形城跡」を訪れたのは、昨年12月開催した太田資曉氏(太田道灌18代目のご子孫)の講演にちなみ、太田道灌と同時代を生きた長尾景春が築城した城跡ということで企画したものです。
鉢形城は1476年(文明8年)、長尾景春乱に際し長尾景春が築城しました。長尾景春の乱がおさまった後は山内上杉氏の根拠地となっていましたが、後北条氏の関東展開に伴い後北条氏第3代北条氏康の4男である北条氏邦が鉢形城に入り、大規模な改修をして後北条氏の北関東展開の拠点となったものです。日本の100名城のひとつにもなっています。その遺構が約24万㎡もの広大な城跡公園となっています(鉢形城跡の概要については、歴史散歩の開催案内の記事を参照ください)。
まずは、公園入口にある鉢形城復元地形模型でその規模を知り、公園内にある歴史館に向かいました。歴史館では鉢形城の歴史や城郭の遺構について学びました。また、歴史館の企画展示は「出土品から見た寄居の歴史」でした。寄居町近辺には旧石器時代の遺跡から、縄文・弥生・古墳時代、そして奈良・平安時代へと各年代のものがあり、室町時代の鉢形城の築城へと続いていることを知りました。
歴史館での学習のあとは昼食をとりながらの歓談でメンバーの交流の時間となりました。
昼食休憩のあと、実際にその遺構の中を歩いて城郭の規模を実感しました。遺構の一部には石垣や虎口等か復元されており、また山々の緑、城跡の下を流れる荒川も目を楽しませてくれました。
城跡のあとは、「名勝 玉淀河原」「玉淀の碑」を経由して寄居駅へと戻りました。

昼食後、歴史館の前で記念撮影

昼食後、歴史館の前で記念撮影

遺構を歩き、復元四阿の前で記念撮影

遺構を歩き、復元四阿の前で記念撮影