欧州に流出し、国内からは消えた幻の古銭とは?
明治維新という日本の革命期、経済状況や貨幣制度の激変により、旧来の価値体系が崩壊していく過程において、我が国の貴重な古銭類が外国人の手に渡り、欧州に流失していきました。現在、欧州の美術館群に所蔵されている日本貨幣コレクションの中には国内には残っていない幻の古銭類が存在しています。それはどのようなものなのか。この問いへの答えを求めて、第110回歴史をひもとく会の講演会は、令和7年2月15日(土)に東京都公文書館研修室にて、会員41名の参加の下で、日本貨幣史の泰斗である朝日大学経営学部教授の櫻木晋一(さくらきしんいち)氏に講演をしていただきました。
朝日大学経営学部教授 櫻木 晋一 (さくらき しんいち)
1953年 福岡県生まれ、福岡県立福岡高等学校卒業、慶應義塾大学商学部卒業、
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学後、九州帝京短期大学経営情報科講師・助教授を経て、下関市立大学経済学部教授
2019年3月下関市立大学を定年退職後、下関市立大学名誉教授
2001年4月 一年間のケンブリッジ大学留学
2010年6月 博士(史学)[慶應義塾大学]の学位取得、2019年4月 朝日大学経営学部教授(現在に至る)
2023年12月 日本人初のRoyal Numismatic Society(イギリス学会) 2023年度メダル受賞
講演内容は①講師の研究フィールドである英国の博物館の紹介②貨幣の製造方法の解説③明治初期の外国人による古銭収集活動④日本貨幣史の概説⑤その他海外事情の紹介の5つのテーマに沿って行われました。
①については、25年間に亘る現地での研究の成果が「学問的権威が備わった古銭カタログの作成」として結実しています。長年の古銭研究から得た膨大な知識ベースと精緻な形態学的手法を駆使して得られた成果であり、その中でも筆頭に挙げられるのはオックスフォード大学に残る「冨本銭」の確認です。従来、日本最古と言われてきた「和同開珎」より遥かに遡る時代に存在したこの古銭はもう日本銀行貨幣博物館にも所蔵されていない幻の古銭です。②については、東洋と西洋における製造方法の違い、スタックモールド・エレクトロン貨・銀のインゴットであるホード(hoard)・絵銭といわれるチャーム(charm)等々、耳慣れなくも興味の尽きないお話が続きます。③については、明治初期における三菱会社に雇われた外国人W.ブランセンの収集活動と持ち帰った収集品(金銀銭貨併せて1278枚)がデンマーク国立博物館に所蔵されており、今では貴重な研究対象です。④は、皇朝十二銭の成り立ちから始まり、大判・小判の詳細な解説や幕末から明治にかけての秤量貨幣から計数貨幣への転換期の歴史が語られました。⑤はパリ・スウェーデン・スコットランド・エルミタージュ・イタリアに散らばる有名博物館が紹介されましたが、特に興味深いのは、エルミタージュ博物館に残る大判の側面に模様が残されているお話です(金の削取防止のために10枚重ねて刻印を入れたものだそうです)。
講義には、テーマごとに理解しやすい編集が施された鮮明な画像資料が使用され、講師の、学問に向き合う学者としての謹厳な姿勢の中に、時にユーモアを交えた人間味あふれる語り口が聴く側の心を捉え、解り易い説明と相まって、熱心に聞き入る会員達はすっかり貨幣史の世界に没入し時を忘れた感がありました。
今年の1月中旬に日経新聞が、「世界の決済に占める現物貨幣の割合は14%に過ぎない」と興味深い記事を載せていました。今後、偽造防止やマネーローンダリング(資金清浄)の根絶に向けて、利便性に優れた仮想通貨や電磁決済が発達し、現物決済の縮小化が極限まで進んでいった場合、居場所を失った現物貨幣はどのようになってしまうのか、まだ誰にも解りません。それは神の領域ですから。しかし、秘蔵されている古銭たちが、古色蒼然たる佇まいの中に黄金の輝きを秘めて、人間の限りなきロマンを語り続けるのは確かでしょう。
(文責:小林千晃)