【新】国分寺三田会2023年(令和5年)新年会のご案内                                       

                   2022年(令和4年)12月吉日
   <国分寺三田会2023年(令和5年)新年会のご案内>
                   国分寺三田会会長 平林正明

拝啓
 師走を迎え寒さも厳しさを増してまいりましたが、会員の皆様におかれ
ましてはご健勝にお過ごしのこととお喜び申し上げます。
 さて恒例の「新年会」を3年ぶりに対面式でホテルにて開催しますので
ご案内致します。現状コロナ感染が増加傾向にありますのでコロナ感染予
防対策をしっかり行なった上での開催を予定しております。
                             敬具

             記
1.日時:2023年(令和5年)2月12日(日)
     受付開始12時30分 開宴13時~15時40分閉会
2.会場:ホテルエミシア東京立川 サンマルコグランデ(3F)
     JR立川駅北口徒歩3分
3.アトラクション
     ①津軽三味線(慶應義塾大学弦音巴サークル)
     ②福引大会 (豪華賞品他多数)
4.会費:6,000円
5.出欠のご連絡
  準備の都合上1月20日(金)までにご返信をお願いいたします。
  (急遽ご欠席の場合、2月10日(金)以降のキャンセルは会費を負担
  頂きますのでご注意下さい)
                           以上

【総】創立20周年記念総会・祝賀会を開催しました。

創立20周年記念総会(第21回)・祝賀会は、2022年10月9日(日)午前11時より、J R立川駅北口のホテルエミシア東京立川に於いて開催され、総会は会員88名、塾員センター・近隣三田会・稲門会5名の合計93名、祝賀会は会員88名、同伴2名、塾員センター・近隣三田会・稲門会9名の合計99名が出席した。

(1)記念総会(会場3Fサンマルコグランデ)
 総会は岩田副会長の司会のもと始まり、昨年逝去された会員(中島慶三郎氏)への黙祷が行われた。続いて平林会長の挨拶があり、コロナ禍での当会の活動については早期にオンラインを実用化し活動を再開したこと、コロナ対策では感染防止対策マニュアルの作成等で若手の幹事が活躍し諸活動に貢献したことなどの話があった。
 続いて平林会長が議長となり、第1号議案(2021年度活動報告)、第2号議案(2021年度会計報告・監査報告)、第3号議案(2022年度活動計画)、第4号議案(2022年度収支計画)、第5号議案(役員等選任)についての審議が行われ、出席者の賛成多数により承認された。
新任の青木規明(S51工)、小川俊彦(S54経)の両副幹事長、岡村宏司(S52経)幹事ら3名が紹介され挨拶を行った。米寿祝の下山勝(S34政)会員は欠席の為、お祝いをご自宅にお送りすることとした。また11人の新入会員の名前が発表されて、総会は予定通りに終了した。

(2)記念祝賀会(会場4Fカルログランデ)
 祝賀会は会場を移して12時半から、上原安江会員の司会で行われた。
 塾歌斉唱の後、平林会長の挨拶があり、諸先輩が分科会を多く立ち上げるなど当会の特色ある活動の基盤を作ってくれたこと、また今回の記念事業において数年前から準備が行われ、記念誌などが作成されたことについて、謝意が表された。
 続いて、伊藤公平塾長のビデオメッセージが放映され、歴史の街としての国分寺市の印象や塾歌の作曲者 信時潔氏が住まわれていたことに触れられた上で祝意が表された。なお伊藤塾長からお送り頂いた、立派な「スタンド花」が会場入り口を飾った。
 ご来賓として、塾員センター・大友部長は祝意と共に慶應義塾の近況をお話し頂き、現在は対面授業が増え、学生も通学できることに大きな喜びを感じているようだという話は印象的であった。この後、平林会長から大友部長に創立20周年記念事業として慶應義塾へ10万円寄付の目録が手渡された。
 立川三田会会長の西澤正明氏からは祝意と共に国分寺・立川両三田会の深く長い交流について話があり、国分寺稲門会会長の清水元氏は人生100年時代の今、有意義な人生のために両会が果たす役割の大きさについて語られた。
 この後、第4代会長菅谷國雄さんの乾杯の音頭で、会食歓談の時間となった。
フルコースの料理が供され、出席者が料理とお酒を楽しむ間に、「分科会のあゆみ」をテーマに14の各分科会から今までの活動報告がなされ、興味深い話に会場は盛り上がった。
 続いて新入会員11人中、祝賀会参加の7人がステージに上り、一人ずつを紹介した。
 そして出席者全員が待ち望んでいたワグネル・ソサィエティー男性合唱団の演奏は、総勢20人、全員マスク着用で、曲目は塾歌や慶應カレッジソングなど4曲と男声合唱組曲柳河風俗詩など4曲の合計8曲に加え、アンコール2曲だった。じっくりと「ワグネルトーン」と言われる重厚なハーモニーを堪能することができた。最後はワグネル・ソサィエティーのメンバーと参加者全員(マスク着用)による若き血の合唱があり、ワグネルの皆さんは会場の大きな拍手に送られ退場した。
高橋副会長の閉会の挨拶により祝賀会はお開きとなった。
引続き番外編として、3年ぶりの記念撮影を行った。
気配りのきいた上原安江会員の司会進行は、会場の雰囲気を盛り上げてくれた。
当会としては初めてのホテル開催であり、約3年ぶりの飲食を伴う会であったが、可能な限りのコロナ感染対策を行った。幹事や関係者の周到な準備とチームワークにより、好評のうちに終了することができた。
なお今回は来賓9名のご参加を頂いた(慶應義塾塾員センター、立川・小平・調布・東久留米の各三田会、国分寺稲門会)。

*HP会員専用頁<写真コーナー>(総会)に創立20周年記念総会・祝賀会スナップ写真集を掲載しています。
会員の方は是非ご覧ください。⇒ここをクリック

ワグネルと一緒に全員で若き血マスク斉唱

ワグネル・ソサィエティ―男声合唱団と一緒に全員で若き血マスク斉唱

 

創立20周年記念総会・祝賀会集合写真.jpg(1)

記念祝賀会終了後、全員で記念撮影

 

 

 

【講】国分寺三田会創立20周年記念講演会を開催いたしました。

1. 日時:令和4年6月11日(土)14時30分~16時40分
2. 会場:国分寺市立いずみホール(Aホール)
3. 講師:橋本五郎氏(読売新聞特別編集委員)
4. 演題:岸田政権の今後の行方
5. 来場者:185名(国分寺三田会会員98名、塾員センター、近隣三田会、稲門会21名、     
          国分寺・小金井在住塾員(非会員)21名、ご家族・ご友人他45名)

今回の講演会は、当国分寺三田会創立20周年の記念行事の一環として開催するもので、1年以上の準備期間をもってタスクフォースを編成し、リーダーの髙橋副会長(S45法)以下幹事全員で取り組んできました。幸いなことに、開催日に近づくにつれ、感染者数に減少傾向がみられ、3年ぶりに対面形式での講演会を開催することができました。
コロナ禍の先行きが見通せない中、コロナ感染状況の把握に努め、政府や東京都、国分寺市の対応を注視しながら、安心・安全の確保を大前提に国分寺市や会場のいずみホールの担当者の方々と緊密な連携を図り、万全を期す覚悟で準備を重ねてきました。
今回の講演会は、国分寺三田会創立20周年の節目を飾る行事ですので、講演会に参加される皆さんの心に響き、長く深く記憶にとどまるような、いわば記念碑的なものにしたいとの強い思いがありました。
このため、斯界一流の講師をお招きできるかが非常に重要なポイントでしたが、昨年5月に、長年に亙り政治記者として活躍され、的確で鋭いコメントに定評のある読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏に講師を打診しました。
橋本氏は、1946年に秋田県で生まれ、1970年に慶應義塾大学法学部政治学科をご卒業の後、読売新聞社に入社され、論説委員、政治部長、編集局次長などを歴任され、現在も同新聞紙上「五郎ワールド」を連載し健筆を揮われるほか、読売テレビウエークアップのコメンテーターとして活躍されているため、スケジュールを割いていただけるかどうか心配しましが、快諾のお返事をいただき、幹事一同にはこの上ない喜びとなりました。
開催当日は、予定開場時刻前から多くの方が会場を訪れ、検温、受付の後、感染症防止対策に向けての注意事項が記載された用紙を受け取り入場が開始されました。最終的には三密対策で収容人員の50%とした席がすべて埋まり、講演開始までの間、慶應カレッジソングが静かに流れ、来場の皆様をお迎えしました。 学生時代や国分寺三田会の20年間の歩みに思いを馳せた方もおられたことでしょう。演台の横の見事な生け花も会場に彩りを与え、記念講演会に相応しい気品を醸し出しました。
定刻となり、司会の上原安江さん(S59文)の開催の辞に続く、平林正明会長(S47経)の開会挨拶の後、いよいよ講師の橋本氏が大きな拍手の中を満面の笑顔で演台に向かい、講演が始まりました。
当日の演題は、「岸田政権の今後の行方」でした。
講演は冒頭から熱を帯び、ロシアによるウクライナ侵攻の背後にある問題、日本が学ぶべき教訓について、時に静かに、時に大迫力のトーンで持論が展開され、橋本氏が「暑くなったから上着を脱ぎます」と、客席の平林会長にジャケットを手渡したころには、早くも「五郎ワールド」に満員の聴衆が魅了され、全員が「五郎ファン」になっているように見えました。
講演はさらに佳境に入り、菅政権と岸田政権の比較、内閣支持率の様々な要因、オリパラ組織委への評価、政治家と決断力など多面的なテーマについて、踏み込んだ見解が惜しみなく披露され、瞬く間に前半を終了しました。
休憩を挟んで、後半は新聞記者を志した理由、亡きご母堂の教えや、故郷秋田の地に蔵書を寄贈して開館した橋本五郎文庫などのお話を経て、喫緊の課題である日本の格差是正問題に触れられ、主張する手段のない人たち、弱い立場の人たちの声に向き合うことの重要性が強く訴えられ、橋本氏の深い見識に裏打ちされた充実した講演内容と温かいお人柄に、共感と感謝を込めて万雷の拍手が送られました。
質疑応答セッションでは、野党の役割と現状の評価、米国の銃規制の問題、SNS全盛の中でのメディアの行方など時宜に適った質問が相次ぎ、それぞれに橋本氏が明快に回答されて、記念講演会の掉尾が立派に飾られ、再び盛大な拍手とともにお開きとなりました。
恒例の講演会後の懇親会をコロナ禍の現状に鑑み、見合わせたほか、安心・安全を最優先させて人数制限を設けて開催に漕ぎつけた記念講演会でしたが、講師のエネルギー、お人柄を直接感じられる肌感覚と講師と聴衆の一体感は、やはり対面形式ならではのものでした。
終了後程なく、多くの方々から感動と感謝の言葉を直接、あるいはメールなどでお寄せいただきました。心から御礼申し上げます。
一連の創立20周年記念行事に相応しい、内容の濃い充実した講演会を安全に滞りなく開催できたことに、安堵と充実感を憶えるとともに、20周年を迎えるまでにご尽力いただいた先達に良い報告ができることを、幹事一同嬉しく思っております。
最後になりますが、超が付くご多忙の中、開催趣旨にご賛同いただき、貴重な講演を賜った橋本五郎様にこの場をお借りして改めて深く感謝・御礼申し上げますとともに、今後の益々のご健勝・ご活躍を心からお祈り申し上げます。

【新】令和4年国分寺三田会新年会を開催しました。

1.日時:令和4年1月16日(日) 16:00〜18:00
2. 形式:オンライン(Zoom)方式
3. 出席者:69名
4. プログラム
   第1部(16:00~17:00)
    ・開会、塾歌斉唱、会長挨拶、創立20周年記念行事のご案内等
    ・福引大会
    ・若き血斉唱、中締め
   第2部(17:00~18:00)
    ・懇親、歓談

昨年、コロナ禍のため中止とした新年会でしたが、その後の6月開催の講演会と9月の総会は、完全オンラインにより、内容の充実を図りながら、粛々と進めてきました。そうした中、今年(令和4年)の新年会は、コロナの第5波が昨年10月以降収まりを見せたこともあり、飲食は無理としても、対面での実開催を前提に、感染症対策や、アトラクションの準備などを精力的に進めてきたところです。
しかしながら、オミクロン変異株による急激な感染拡大の第6波が猛威を振い始めたことから、開催日直前の1月9日の幹事会で、会員の「安心・安全・健康第一」を最優先とすることを確認し、急遽、完全オンラインに変更して実施することになりました。久しぶりの対面方式での賀詞交歓を楽しみにされていた会員も多かったはずですが、足下の状況では最善の措置とご理解をいただけたものと存じます。
さて、当日、開催に先立つ15時45分ごろから続々とZoomオンライン会場へ会員の方の入室が始まり、早くもあちこちで笑顔での新年のあいさつが飛び交いました。定刻の16時になり、小林副幹事長(49工)からのオンライン開催にあたっての注意事項説明と、井上幹事長(49政)による開会の辞のあと、塾歌が配信されました。背景には四季が移ろう懐かしく美しいキャンパスが流れ、厳粛な気持ちで見入られた方も多かったことでしょう。
塾歌に続き、平林会長(47経)から開会挨拶があり、オンライン開催に至った経緯、コロナ禍の下での活動実績、今年で満20年を迎える国分寺三田会の各種記念行事などに触れた後、「今年の干支の壬寅(みずのえ・とら)は、母寅が厳しい冬を越して新しい命を産み、育み成長させていく大変めでたい年であるとされており、本年が、実りある、素晴らしいポストコロナの一年になるよう願っています」と結びました。
続いて髙橋副会長(45法)から、20周年記念行事として準備中の記念講演会(講師:橋本五郎氏)と記念総会(国分寺リオンホール)・祝賀会(ホテルエミシア東京立川)の紹介があり、併せて、オンライン開催のため、生演奏を断念せざるを得なくなった、慶應義塾津軽三味線集団弦音巴(おとは)の皆さんへの感謝と、別の機会に素晴らしい演奏をご披露いただきたいとの気持ちが述べられました。
この後、本会会員の松本洋平衆議院議員(08年経)から本会をはじめとした慶應義塾の縦と横のつながりは最も大切な財産であり、自らその接着剤としての役割を果たしたいとのご挨拶がありました。
例年であれば、ここで酒食をともにしながら和やかに懇談となるところですが、今回はオンラインのため懇談は、17時からの第2部に回し、福引大会に移りました。
通常ですと、福引は、会場にお越しになった参加者を対象に抽選を行いますが、今回は、オンラインのため国分寺三田会会員すべてに当選資格を持ってもらうことにし、予め皆さんに抽選番号を割り振り、福引担当の広田幹事(50経)の進行のもと、二見幹事(57年文)が抽選箱から当選番号を引き上げました。
福引担当の幹事が心を込めて厳選した、「選べる体験ギフト券」(特等賞)以下12本と、会員から寄贈された4本の慶應義塾賞、計16本の賞品は、別途当選者の方々にお送りしました。当選された皆さん、おめでとうございました。
福引が終わり、第1部の締めくくりとして若き血の配信と岩田副会長(工45)による中締めの後、第2部の懇親・歓談に移りました。
第2部は山田副幹事長(47経)の音頭による乾杯から始まりました。まず、パート1の全体トークとして、コロナ禍の下で活動している分科会の世話人からそれぞれの内容が紹介されました。
引き続きパート2として6グループに分かれて懇親・懇談が行われ、各自用意したアルコールが手伝ったのか、大いに盛り上がりを見せ、あっという間に定刻となり、めでたくお開きとなりました(有志数人は40分程度延長戦に入ったようです)。
今回は初めてのオンラインによる新年会であったこと、オンラインの準備の期間が短かったことなどのため、反省点もありましたが、先ずはどのような形であれ開催できたことを喜びたいと思います。そのうえでしっかりと振り返り、今後の活動に活かしていくことにしてまいります。コロナとの戦いは依然先が見通しにくい状況にありますが、次回こそは「通常」の新年会ができるよう念願しております。
ご出席の皆さん、幹事の皆さんお疲れ様でした。今年が皆さんと本会にとって良い年になりますように。

新年会タスクチーム:山田(リーダー)、幹事全員

新年会スナップ写真集を会員専用頁写真コーナー(新年会)でご覧いただけます。
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220116国分寺三田会令和4年オンライン新年会乾杯写真

オンライン集合写真

【総】第20回定期総会・講演会を開催しました。

令和3年9月20日(月・祝)14時より第20回定期総会をオンラインにて開催しました。コロナ禍の中初めての試みでありました。
総会は、塾員センター2名、会員65名の出席を得て、井上幹事長(昭49政)の司会により進行しました。開会にあたり前原会長に代わって平林副会長(昭47経)の挨拶があり、引き続き恒例により議長に平林副会長を指名して総会審議に移りました。総会はオンラインによりパワーポイントの画面を共有して行われました。
2020年度活動報告・会計報告・監査報告、2021年度活動計画・収支計画、役員選任の各議案についての説明を経て全議案とも承認され滞りなく議事は進行しました。
議事に続き、新役員・幹事(平林会長(昭47経)、坂田会計(昭46文)、江端幹事(昭52商)、二見幹事  (昭57文))の紹介が行われました。
続いて来賓の慶応義塾塾員センター小島部長の挨拶をいただき、最後に今年米寿を迎えられた新田会員(昭32政)、賀谷会員(昭32政)、目黒会員(昭34医)の紹介と新入会員2名の紹介がありました。以上をもって総会は無事閉会しました。
第二部として講演会が開催されました。慶應義塾福澤研究センター教授西澤直子氏による「中津士族たちの明治維新」の講演でありました。維新史の中での福澤諭吉と中津藩について斬新な視点から広範にわたる興味深いお話をいただきました。質疑応答の後髙橋副会長(昭45法)による挨拶で閉会しました。
恒例の懇親会は、時節柄断念せざるを得ず、代りに有志によるオンライン交流会を山田副幹事長(昭和47経)の司会で開催しました。岩田副会長(昭45工)の乾杯の音頭で始まり、丸山会員(昭30経)の卒寿のお祝い、長寿の秘訣、講演会の感想、分科会活動報告等が話題になり、一年半振りにオンラインで再会した会員も多く、お酒も進み大いに盛り上がりました。

*HP会員専用頁に下記を掲載しています。会員の方はご覧ください。 ⇒ここをクリック
  <総会コーナー>第20回総会
    (1)第20回定期総会資料(会員送付用)
    (2)第20回定期総会議案説明資料
    (3)講演会レジュメ「中津士族たちの明治維新」)
  <写真コーナー>総会
    スナップ写真(スクリーンショット)

 

210920総会集合写真(オンライン参加)

          参加者全員で集合写真(自宅からオンライン参加)

 

 

 

 

 

【講】国分寺三田会第13回講演会をオンライン(Zoom)で開催しました。

■開 催 日:2021年(令和3年) 6月 20日(日)14 時 00 分~16 時 10 分
■開催場所:オンライン(Zoom)方式
■講演テーマ:『先端生命科学が拓く地方創生』
■講師:冨田勝氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)
■主催:国分寺三田会
■出席者数:80名(当初参加予定者86名)

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の中、上記の通り参加者の安心・安全を考慮して完全なオンラインでの講演会を開催しました。
冒頭、全員で『塾歌』を斉唱、前原会長代行で平林副会長がオンライン講演会に至った経緯と冨田勝先生を紹介した後、慶應義塾大学先端生命科学研究所所長でもある冨田勝先生に『先端生命科学が拓く地方創生』をテーマに約2時間の講演を頂きました。今年は後援協力の依頼を一切行わず、参加者も国分寺三田会会員に限定しての講演会となりましたが、慶應関係者3名・国分寺三田会OB1名を含む80名の方に参加いただきました。
 当初、オンライン講演会では臨場感に欠けるのではとの懸念の声もありましたが、冨田勝先生のお話は,多岐にわたる動画を上手に活用され、臨場感にも溢れ、大変分かり易く、画期的な講演会であったと称賛の声が多く寄せられました。
オンライン講演会に参加された感想として、
〇一年振りに会員同士の顔が見られ懐かしさで胸が一杯になった。
〇講演会を視聴して、慶應義塾大学が鶴岡キャンパスの成功・発展によって日本の科学、経済、社会に大きな貢献をし
 ていることを痛感。一塾員として大きな誇りを感じることができた。等々・・・オンラインならではの交流の楽しさ
 も目立ちました。
また、講演会プログラムに多くの音楽を盛り込み、視聴者に飽きのこない工夫もされました。
〇開始前:今春の東京六大学野球優勝、全日本大学野球選手権優勝を祝いカレッジソング
                  ・・・「ダッシュ慶應」、「丘の上」、「慶應賛歌」等。
〇休憩時間:冨田勲氏(冨田勝氏のお父様)が作曲された大河ドラマ「花の生涯」「勝海舟」
〇最後の閉めは『若き血』を全員自宅で斉唱。
 井上幹事長による冨田勝先生への感謝のエールでお開きとなりました。
〇エンデイングの音楽は松田聖子の「瑠璃色の地球」で癒されながら退出しました。

冨田勝先生の講演概要は下記の通りです。
講演会のご案内で添付された参考文献も参照ください。(2021.4. P68~71)
冨田勝氏著 三田評論掲載『鶴岡タウンキャンパス開設20年』 ~福澤スピリットで結実した学問による地方創生~
                    (ここをクリックで閲覧できます)

『先端生命科学が拓く地方創生』講演概要

1.慶應義塾大学先端生命科学研究所
1999年山形県・鶴岡市・慶應義塾の3者の協定で2001年4月に研究所をオープンすることが決まり、2000年の秋に私が所長に任命された。
研究所の主力技術はメタボローム解析という究極の成分分析技術で、一度の測定で対象のサンプル内にどういう物質がどのくらい入っているか分析できる。それまでの研究はまず仮説を立て、そこに結び付く代謝物を分析するもので、メタボローム解析はそれとは真逆のやり方だったが、2011年に研究チームは血液のメタボローム解析で肝臓疾患の人だけがある代謝物の濃度に違いがあることを突きとめた。これにより鶴岡に世界最高の技術があると評価され、世界中から企業や研究者が押し寄せることになった。
現在慶應鶴岡発ベンチャー7社の従業員は550人、これに慶應を入れると約670人の雇用を生み出しており、これは鶴岡市の労働人口の1%にあたる。さらに国の研究機関やIT企業が鶴岡に入ってきている。ゼロから産業を創る、地域の為でなく日本ひいては人類・社会の為に産業を興す、それがうまくいけば結果的に地元も潤う。

2.慶應鶴岡発ベンチャー企業
1)HMT(ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ)社
  2003年創業、2013年東証マザーズ上場。慶應を誘致して13年目に庄内地方として9社、そして庄内に本社のある
  企業としては唯一の上場企業となった。
  基本的には受託分析で、企業からサンプルを受け取り有料で分析して返すというビジネス。最近ではアンジェスと 
  いう国産のDNAワクチンを作っている会社と提携。
2)Spiber(スパイバー)社
  人工のクモの糸を作るところから発想を得て、クモの糸に限らずタンパク質素材を微生物につくらせることを可能
  にした企業。
  アプリケーションは多々あるが今一番力を入れているのはアパレル。ナイロン・ポリエステルは、石油由来という
  こともあるが、最終的にマイクロプラスチック・ナノプラスチックとなって海にいき地球環境に悪影響を及ぼす。
  一方タンパク質素材は何年か後に土に還るという生分解性があり、さらにアニマルフリーでもある。
  代表者の関山和秀氏が大学生の時の飲み会で、たまたまクモの糸が話題になったのが発端だったが、天然のクモの
  糸は重さ当たりの強靭性が鋼鉄の340倍といわれ、既に米軍やNASA等名だたる組織が人工のクモの糸の研究に取
  り組みながら成功しておらず、当初周囲の反応は否定的だった。しかし、タンパク質由来の新素材を実用化するこ
  とは持続可能な社会をつくる上で大きな役割を果たすと考え、研究を応援した。
  本人ができると思ったら気の済むまでやるべきで、例え失敗しても時間の無駄ではなく、その過程で人は成長す
  る。今は人毛に替わるカツラの素材としてアデランスとの共同研究も進めているが、課題は量産化。本年3月タイ
  に鶴岡第二工場の100倍の規模の工場が完成、2023年にはさらにその10倍の工場がアメリカにできる予定。
3)Saliva Tech(サリバテック)社
  医療機関と提携して唾液による癌のスクリーニング検査を行っている。ストローと小さな容器の専用キットが実用
  化されビジネス化されており、国内1300の医療機関でおよそ3~4万円で検査を受けられ5種類の癌のリスクを調
  べることができる。唾液を解析センターで専用装置にセットし、癌のリスクをAからDの4段階で判定する。自宅で
  唾液を採取して送るというサービスも去年始めた。更に血液での鬱病の補助検査も実用化に向けて研究中。
4)メタジェン
  世界初となる便を常温保存できる検便キットを作った。便の中には病気を治してくれる腸内細菌がおり、世界中か
  ら便を集めて取っておけば、将来そこから菌を取り出して薬にできる可能性がある。但しその為には冷凍技術は使
  えず常温保全が必要となる。腸内細菌のバランスは最近非常に注目をあつめており、免疫や糖尿病・動脈硬化、更
  に精神疾患にも関与していると言われており、新型コロナの重症化にも関わっているとの研究結果もある。
5)ヤマガタデザイン
  社長の山中大介氏はSFC出身だがバイオとは関係なく、アメリカンフットボール部OBで、卒業後大手不動産会社
  に7年間勤務後鶴岡で街づくりの会社を始めた。
  前からサイエンスパーク内に宿泊施設が欲しいという話があり、山中氏がたまたまSFCの教授をやられていた坂茂
  氏にデザインを頼み込み、スイデンテラスが完成した。サイエンスパーク、学園都市と言うと日本では研究所の団
  地みたいになってしまうが、研究者がそこに移る時の最後の課題は家族を説得することで、家族からここに住みた
  いと言って貰えるような街づくりを目指している。

3.人材育成
今藤沢キャンパスの学生が鶴岡キャンパスの寮に泊まって毎日実験をやるバイオキャンプと呼ぶカリキュラムがあり、ここでは1年生から研究を開始する。週末には学生たちは山形の自然や文化を満喫するが、これも授業の一つ。大切にすべきことはひらめきとかアイデアであり、つまりサイエンスもアートであり自然や文化に触れて感性を磨くことが重要だと思う。
2009年以降、市内の普通高校と酒田東から多くの高校生を助手や研究生として受け入れている。市内の高校生全員にチラシを配っているが、応募条件の一つは“世界的な生命科学者になる意欲を持っていること”、もう一つは“特別研究生に採用されたら研究成果をアピールすることでAO入試若しくは推薦入試に臨む気概を持っていること”。つまり中途半端にセンター試験の勉強をせず、好きな研究をやり詰めて出した結果をアピールすることで大学に採ってもらう気概を持っている高校生は受け入れて全面的に援助するという制度。慶應の5つの高校からも3~4人ずつ選抜し、2~3泊で実験・実習をやるイベントがあり、2つの小学校の6年生と中学校の1年生合わせて30名に鶴岡に来てもらって同様のイベントを行っている。
また、世の中の問題で文系だけで解決できる問題なんてないし、理系だけでも解決できないという観点から、文理融合を目指して大企業の会社員も受け入れている。大企業の経営者と話をすると、皆うちの社員は優秀だが人と違うことをやる人がいないと言う。人と違うことをする人がいないと社会も組織も進歩しないし、そういう人を応援するのが慶應の理念だと思っている。
2018年  3月に損害保険ジャパン日本興亜と包括連携協定を結んだのを皮きりに第一生命と明治安田生命とも協定を結び、その後日本ユニシスと、またつい最近SMBC日興証券とも同様の協定を結んで、現在10名の会社員が文理融合で活躍している。彼らは自分でテーマを選んで研究を行っており、ゼロから考えることで力が付き面白いアイデアが出るとかんがえている。
福沢先生に“異端妄説の譏(そしり)を恐れることなく、勇を振って我思う所の説を吐くべし”という言葉があるが、私はこれを“流行や権威に迎合する優等生ではなく、批判・失敗を恐れず勇気を持ってやれ”と理解しており、これが福沢スピリットの原点であり慶應義塾の理念のはず。私は鶴岡ではこの理念を愚直に守っている。そのスローガンの一つが“普通は0点”。世間では65点ぐらいが普通だろうが、このキャンパスでプレゼンして、でもそれ普通だね、と言われたらそれは全否定つまり0点を意味する。普通のことは普通の人がやってくれたらいいのであって、私たちは普通の人がやらないことやろう。皆と同じことを上手くやる人は優等生ともてはやされるが、私たちは脱優等生を応援する。

質疑応答

  • いろいろな技術者の方々が異なる分野で研究されていると思うが、どんな仕組みで彼らのアイデアを導きだしているのか。
    ⇒ 研究者も人間だから研究しながら楽しいと思える環境を整えることが必要。その考えに基づき当初からジャグジー・サウナ・仮眠室を完備している。リラックス施設はけしからんという発想をやめないと日本のサイエンスは進歩しない。
  • ハヤブサが貴重なサンプルを持ち返ったが、メタボロームで早く解析できないか。
    ⇒ 既にJAXAと話を進めている。但し、解析そのものはすぐだがそれは元データに過ぎず、解析結果にどんな意味があるか考えたり、それを裏付ける実験が必要となる。
  • タイやアメリカにクモの糸の工場を作るとの事だが、今は経済安全保障ということが言われている。なぜ日本国内ではなくタイ・アメリカなのか。
    ⇒ 研究開発本部は日本で、持って行くのは大きなタンクの部分のみ。コスト上ネックとなるのは微生物の餌となるバイオマスで、タイはバイオマスが豊富なことから量産化の部分のみタイに置こうというもの。また一国に頼るのは安全保障上危ないのでアメリカにも工場を作る予定。
  • 2年前分科会で鶴岡見学を計画したが地震で中止。今後も塾員向け見学会を実施するか。
    ⇒ 今後共観光とセットにした塾員向けツアーを実施するが、いずれにせよワクチン後。
  • 先生が所属する環境情報学部のアイデンティティーをどのように評価されているか。
    ⇒ 今までの教育は学部に学問分野の名前がついていたが、これからは学問分野をマスターするのでなく、例えば地球環境とか高齢者福祉といったイシューに取り組むべき。そのイシューの解決の為に、文理を問わずあらゆる分野の勉強をして、それを卒業論文にするのがSFCのスタイル。
    教育で一番重要なのはモチベーションで、好きなテーマを見つければ基礎がなくとも研究を始められるし、研究をスタートすれば何を勉強すべきかわかる。そうなると勉強は楽しくなる。これからはオンデマンドで学んでいく力をつけるべきで、大学を卒業しても勉強だと思う。SFCにおけるあなたの専門は、と聞かれた時、そこにはイシューがくる。それに向けて各学問分野をオンデマンドで勉強する。そしてまたテーマを替えてまたオンデマンドで勉強する。そうやって自分が成長していくと思う。

以上

<冨田勝氏略歴>

1957年東京生まれ。慶応大学工学部卒業後、米カーネギーメロン大学に留学し、コンピューター科学部で修士課程(1983)と博士課程(1985)終了。その後、カーネギーメロン大学助手、助教授、准教授、同大学自動翻訳研究所副所長歴任。1990年より慶応義塾大学環境情報学部助教授、教授、学部長、評議員を歴任。
米国National Science Foundation大統領奨励賞(1988)、日本IBM科学賞(2002)、科学技術政策担当大臣賞(2004)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2007)、International Society of etabolomics功労賞(2009)、福澤賞(2009)、大学発ベンチャー表彰特別賞(2014)、Audi Innovation Award(2016)、鶴岡市市政功労者(2016)、国際メタボローム学会終身名誉フェロー(2017)、山形県特別功労賞(2017)第68回河北文化賞(2019)などを受賞。

 

【総】国分寺三田会総会・講演会中止のご連絡です

国分寺三田会の皆さん

                          令和2817

長い梅雨が明けましたら酷暑の日が続き、これにコロナ対応も加わる非常に生活し難い時を過ごしていますが、皆さんお元気の事と存じます。
さて皆さんには第19回国分寺三田会総会・講演会(922日)開催案内を出しており、関係者は鋭意準備を進めて参りました。
しかし新型コロナウイルスの感染状況は一向に収束の気配を示さず、幹事会の皆様の意見としても、集会に対する懸念の声が多くなっています。
従い、残念ながら今年の総会・講演会の集会開催は断念致します。
集会に変わり書類審議の方向で検討してまいります。
久しぶりに皆さんと顔を合わせられる事を楽しみにしておりましたが残念な事となりました。
早く皆さんと笑顔で会える日が来ることを祈ります。
まだ暑い日は続きますが、皆様健康にお過ごし下さい。

国分寺三田会 会長
渡邉惠夫

【新】令和2年国分寺三田会新年会を開催いたしました

1.日時:令和2年1月18日(土・祝日) 18:45~20:45

2.会場:小金井宮地楽器小ホール

3.出席者:111名(会員107名、同伴者1名、H31卒塾員1名、出演者2名)

4.アトラクション

・オクサーナ・ステパニュックさんソプラノソロ演奏

・福引大会

今年の新年会も昨年と同じ小金井宮地楽器小ホールにて開催され、午前中は雪がちらつく寒い1日でしたが、昨年を上回る111名の方が参加されました。カレッジソングをバックミュージックに参加者が入場し、開会直前にはヘンデル作曲のオペラ「セルセ」より「オンブラ・マイ・フ」が流れ、華やかな新年会気分をいっそう盛り上げました。平林正明副会長(S47経)の指揮、上原安江さん(S59文)のピアノ伴奏で「塾歌」を斉唱、渡邉惠夫会長(S40工)の挨拶で新年会が始まり、挨拶では「長寿社会を迎えて、毎日11,111(10,000歩を歩く、1,000字を読む、100字を書く、10人と会う、1日1善)を実践しよう」とのお話がありました。

今年のメインアトラクションはオクサーナ・ステパニュックさんのソプラノソロ演奏です。オクサーナさんは、ウクライナ出身のコロラトゥーラ・ソプラノ歌手で、国内外の数々のコンクールで優勝した実績を持ち、現在はオペラに多数出演するなど日本を拠点に活躍されています。その美しい声、抜群の歌唱力、卓越した表現力はローマ法王からも絶賛されました。ピアノ伴奏は比留間千里さんです。第11回チェコ音楽コンクール声楽部門において最優秀伴奏者賞を受賞され、主に声楽・器楽の伴奏を中心にコンサート等でご活躍されています。1曲目はオースティン・ララ作曲のイタリア歌曲「グラナダ」で、後半には渡邉会長とオクサーナさんとのダンスも披露され、会場が盛り上がりました。2曲目はプッチーニ作曲のオペラ「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」、続いてカッチーニの「アベ・マリア」、ウクライナ曲の「うぐいす」、2002年に発表され多くのアーティストによって歌われている名曲「You raise me up」、1995年のサンレモ音楽祭で演奏され大ヒットした「Time to say goodbye」の6曲が演奏され、アンコールでは「川の流れのように」を全員合唱を交えながら演奏が行われました。オクサーナさんは「歌うことは私の天職です。授かった声を大切にして、これからも歌い続けて行きたいと思います」と言われていました。演奏中は「ブラボー!」の声と拍手が鳴りやまず、心に染み入るような透き通った美しいコロラトゥーラ・ソプラノに会場が魅了され、酔いしれた一時でした。

ソプラノソロ演奏に引き続いて、前原憲一副会長(S45工)による乾杯と挨拶で懇親会が始まりました。しばしおいしいお料理とお酒で会員相互の楽しい歓談の時を持った後、恒例の福引大会が行われました。賞品は福引担当のメンバーが検討に検討を重ねて厳選したものばかりです。抽選は、賞品の説明や選定にまつわるエピソード等を楽しく紹介していただきながら星野信夫副会長(S42経)によって行われ、1等のニューオータニホテル・直営レストランの宿泊・ご飲食利用券は髙橋さん(S45法)に当たりました。

福引の興奮が落ち着いたところで、新入会員(4名)と新卒塾員(1名)が登壇し、プロフィール等の紹介が行われました。新卒塾員の方は星野副会長の勧誘で入会をご希望とのこと。新入会員の方々には今後分科会にも積極的に参加して頂いて、楽しくお付き合いを願いたいと思います。

宴もたけなわ、井上徹幹事長(S49 政)の指揮、上原安江さんのピアノ伴奏で参加者全員が輪になり、肩を組んで「慶應讃歌」と「若き血」を熱唱、エールで新年会は最高潮に達しました。ホール満杯となる111名の円陣は圧巻で、輪の中にはオクサーナさんと比留間さんも加わり、国分寺三田会の心意気を十分に感じていただけたのではないかと思います。最後に岩田友一副会長(S45工)による中締めの挨拶をもって、名残を惜しみつつお開きとなりました。

司会進行役は野田敏明さん(S52経)と上原安江さんが担当、入念な事前準備の基に準備チーム総掛かりで運営が行われ、新年会はスムースに、ほぼ予定通りの時間で進行することができました。料理やお酒も堪能していただき、今年もまた楽しく賑やかな宴となりました。

来年の新年会は令和3年1月17日(日)に今年と同じ小金井宮地楽器小ホールで開催する予定です。会員の皆様と楽しい新年会を迎えられることを願っています。

新年会準備チーム

髙橋 山田 石川 小林(千) 岩田 久保田 車 坂田 平林 池田 芳賀 山本 沼野 小林(一) 清水 兼谷 広田 利根川 野田 上原(啓)

 

【総】第18回定期総会・講談会・懇親会を開催しました

渡邉会長挨拶

渡邉会長挨拶

第18回定期総会は、9月16日(月・祝)午前11時よりJR国分寺駅北口のcocobunjiリオンホールに於いて、会員94名(来賓塾員センター小島部長、近隣三田会・稲門会9名)の出席を得て開催された。 渡邉会長の挨拶に続き、第1号議案(2018年度活動報告)、第2号議案(2018年度会計報告・監査報告)、第3号議案(2019年度活動計画)、第4号議案(2019年度収支計画)、第5号議案(役員等選任)の審議が行われ、満場一致で全議案が承認された。その後、新任役員<平林副会長(47経)、井上幹事長(49政)、池田副幹事長(47商)、兼谷会計(50文)、石川幹事(43商)、上原幹事(54薬)>の紹介が行われ、続いて来賓の慶応義塾大学塾員センター小島部長の挨拶をいただいた。その後、今年米寿を迎えられた丸山会員(30経)、中島会員(30法)にお祝いの花束を差し上げた。両会員からこれからまだまだ力強く前向きに生きる姿勢にあふれたご発言があり、会員一同の心に染み入った。最後に新入会員(2018年度16名、9月1日以降7名)の紹介があって総会は無事閉会した。 開会にあたり、この5月に逝去された宮本聡会員(44法)を偲び黙祷を行った。

講談 若林鶴雲師匠

講談 若林鶴雲師匠

引き続き101名が参加し講談会が行われた。講談師若林鶴雲師匠(47商)による「慶應讃歌誕生物語(平岡養一の生涯)」。ユーモアも交えた平岡養一の生涯、慶應讃歌誕生の秘話等が格調高い語りで行われた。会場内はしんと静まりかえったり、爆笑の渦で沸いたりして大いに盛り上がった。同時にアメリカと日本をまたに縦横に活躍した偉大な大先輩の生涯を知る機会でもあった。盛大なアンコールに応え「1964東京オリンピック物語」を語っていただいた。こちらは参加94カ国を淀みなく読み下す超高速スピードに思わず会場から大きな拍手が沸き起こり、大盛況のうちに幕を閉じた。

講演会終了後、30分ほどの会場整備の時間を設けた。平林新副会長の指揮のもと「塾歌」を斉唱し、来賓を含め98名が参加する懇親会が開宴した。岩田副会長による開会の言葉、来賓の内藤立川三田会会長及び清水国分寺稲門会会長による挨拶、平林副会長による乾杯と続き、続いて数日前経産省・内閣府副大臣になられた松本洋平会員(H8経)から挨拶があった。しばらく会食・懇談した後、活発な活動を継続している14分科会の各世話役による活動状況報告と熱意ある勧誘、更に新入会員の自己紹介(5名)を行った。場内の盛り上がりも最高潮に達し若干予定時間をオーバーしたものの、最後に出席者全員で肩を組み井上新幹事長指揮の下「慶應賛歌」と「若き血」を斉唱、エールを交換して星野副会長の閉会の言葉、全員での集合写真の撮影でお開きとなった。

今回は初めて昼前からの開催ということで、どういう進行になるか不安な点もあったが、いつも通りの会員全員の団結・結束でスムースに無事終了することができた。

集合写真

集合写真

 

 

(写真撮影 斎藤信雄 S38政)

総会・講談会・懇親会事務局
・平林正明(47経)、岩田友一(45工)、高橋伸一(45法)、山田健(47経)、
・池田敏夫(47商)、芳賀崇(47経)、 沼野義樹(48経)、井上徹(49政)、
・小林一夫(49工)、清水靖子(49薬)、兼谷裕子(50文)、利根川康俊(51経)、
・野田敏明(52経)

【講】国分寺三田会第12回講演会を開催しました

国分寺三田会第12回講演会
主催:国分寺三田会
後援:国分寺市、国分寺市教育委員会

2019年6月16日(日)、JR国分寺駅北口cocobunji WEST 5階リオンホールにおいて、第12回国分寺三田会定期講演会を開催致しました。講師には吉井博明氏(東京経済大学名誉教授)をお迎えし、渡邉会長挨拶の後、「国分寺市の地震危険と備え」をテーマに講演頂きました。会場には当会会員に加え、近隣三田会・稲門会、欅友会、一般市民の方々等出席者総数166名の皆様が参加され、大変盛況な講演会となりました。講演では地震発生のメカニズムの解説や数多くの詳細なデータが示された他、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震の動画も加わり、臨場感溢れたものとなりました。講演概要は下記の通りです。
尚、引き続き行われた懇親会には81名の方々が出席され、星野副会長による挨拶の後、立川三田会顧問大石敏雄氏、国分寺稲門会会長清水元氏にご挨拶を頂き、会食・歓談に移りました。中程で新入会員の紹介もあり、会場は和気藹々のムードで熱気に包まれ、楽しい盛大な会となりました。
最後は参加者全員が肩を組み、「若き血」を高らかに歌いお開きとなりました。

講演概要

  1. 大災害とは何か
    大災害は防災機関の対応能力を大幅に超える被害発生の為、重要な案件に救急対象が絞られる(公助の限界)ので、被災者自身やボランティアによる自助、共助が重要性を増す。阪神・淡路大震災等では要救出者の内の8割(2.7万人)が近隣住民や家族等により救出されている。 大災害が発生すると、経験の乏しさ、被害の状況不明、情報不足等により何をどういう順序でなすべきか対応が極めて難しい。 如何なる準備が必要かというと、①大災害が起きた時の具体的な災害イメージを予め持って置く事(例:立川断層が動いた時は、阪神淡路大震災等の実例を見て、その状況をイメージして置く事)、②また必要な対応の実行可能性を事前に考え、災害発生後では対応出来ない場合は、事前に対策を実施して置く事、③更に頭の訓練に加え実技(実働)訓練で鍛えて置く事が必要である。
  2. 首都圏(国分寺市)の地震危険
    首都圏・東京の地下はプレート3枚が重なっている為、世界の中でも最も地震危険が高い。
    (1)首都圏で被害をもたらす地震の種類
    地震の種類には活断層型地震・海溝型地震(=プレート境界型)・プレート内地震がある。首都圏に被害をもたらすのは比較的浅い所で発生する地震である。
    東京都は立川断層帯の地震(活断層型地震)の規模をM7.4程度、30年発生確率は0.5~2%、国分寺市の震度は6強(一部7)と想定している。
    因みに関東大震災(プレート境界型)による想定では、国分寺市の震度はほぼ全域で6弱であった。(因みに震度6弱と6強の被害は全く異なる)。 また南海トラフ巨大地震(プレート境界型)による想定では、国分寺市の揺れは震度5弱であり、東日本大震災の時とほぼ同程度であるが、長周期振動(往復数秒~10秒位の間隔でゆっくりゆれる)が危険である。
    (2)首都圏でM7クラスの地震が発生する確率
    首都圏におけるM7クラスの地震は元禄関東地震と大正関東地震の間、220年に8回発生しており、平均発生間隔は27.5年である。このような地震がランダムに発生するとすれば、首都圏のどこかでM7程度の地震が今後30年間に70%の確率で発生する事になる。国分寺直下でも小田原直下でも不思議はない。
    (3)震度6強以上の揺れの発生確率
    国分寺市における発生確率「30年以内に震度6強以上の揺れに襲われる確率」は6~26%(⇒6%に近い方)である。
    (4)国分寺市で想定される、「最悪」の揺れ
    震度6強以上の揺れがどの位のものか、最近発生した地震時の揺れの映像を、 ①阪神・淡路大震災、②東日本大震災、③熊本地震の3例で見て頂く。
               <ここで動画を視聴>
    (5) 震度6強以上の揺れで起きる建物倒壊と家具の転倒
    1)家屋倒壊
    耐震補強してあっても、その後の余震が強いと危ないので、外に出る必要がある。
    2)高層ビルにおける家具の転倒(長周期地震動)
    免振構造では、想定以上の震度になるとかなりの揺れになる。熊本地震で問題となった点である。
  3. 首都圏における過去の地震災害の様相
    地震災害は複合災害であり、揺れによって様々なものが引き起こされる。その典型が火災である。
    (1)関東大震災(1923年9月1日午前11時58分発生)
    一番揺れが酷かったのは神奈川県であった。中でも相模トラフの傍ということもあり、小田原が一番酷く家屋の全潰率100%であった。
    更に火災による被害が甚大であった。火災の延焼速度は人間が歩くより遅い為、まだ大丈夫との思いから、逆に逃げ遅れて死亡したケースが多い。また火災旋風が起こると、今までの被害想定を大きく超える可能性がある。
    (2) 阪神・淡路大震災(1995年1月17日午前5時46分発生)
    国分寺に於ける地震被害を考える上で参考になる地震である。本件では揺れによる家屋倒壊が被害の中心であったが、火災も多発した。通電火災が多かったが、風が弱く大規模延焼は免れた。避難生活の中で亡くなる人(関連死)が多発した。多くの生き埋め、閉じ込めが発生したがその多くは住民が救助した。
  4. 国分寺市で想定される地震被害
    (1)地震による被害の多発性(赤印は、国分寺市で大きな被害をもたらす項目)
    1)揺れによる建物の倒壊や家具の転倒等:死傷
    2)液状化等による建物の傾斜等
    3)山・崖崩れ等による建物被害等
    4)津波による被害
    5)火災延焼による被害:避難行動
    6)工場等の誘発事故による被害
    7)交通機関・道路被害に伴う影響:帰宅困難等
    8)ライフライン被害に伴う生活支障:避難生活
    (2)東京都による地震被害想定の結果
    一番厳しいのが立川断層帯、次は多摩直下型であり、この2つに注目する必要がある。立川断層帯の場合は木造全壊棟数の内の3分の1(800棟)はぺしゃんことなる。また2人に1人が避難する事となる。(国分寺市は人口12万人、木造2万棟、非木造5千棟)
国分寺市の被害 立川断層の地震 多摩直下の地震 元禄関東地震 東京湾北部地震
建物全壊棟数 2,399棟 1,110 368 87
全壊率(木造) 10.80% 4.90% 1.60% 0.30%
全壊率(非木造) 4.20% 2.00% 0.40% 0.20%
出火件数 14件 12 2 2
延焼棟数 4,637棟 3,267 221 191
死者(人) 187人 111 22 9
負傷者(人) 1,725人 1,095 521 196
避難者(人) 58,443人 39,102 17,157 8,187
帰宅困難者(人) 23,791人 23,791 23,791 23,791
エレベーター閉込め 45台 37台 22台 21台

 

  1. 国分寺市民に望まれる地震の備え
    (1) 自宅等の被害を想定する
    自宅建物が倒壊(ペシャンコ、傾く)した場合にその下敷きになり死傷するかも知れない、ブロック塀が倒壊するかも知れない、ドア等が変形し閉じ込められるかも知れない、家具などの下敷きになるかも知れない、といった災害イメージの形成が大切である。
    (2)自分の対応をシミュレーション
    地震発生直後は外に飛び出すか、机の下にもぐるか等自分の身の安全確保の方法を決めて置く事、また消化器の場所確認、懐中電灯はフックで吊って置くなどの工夫、動く時は靴やスリッパが必要(ガラス等を踏む危険性)、ラジオ等での情報収集等対応をシミュレーションしておくなどの必要がある。
    また揺れが一段落した後は外に出て、自宅の被害や近所の様子を確認。火災が延焼し始めたら避難を考える事。
    (3)事前の備えを考える
    ①命を守る・住宅の耐震化
    住宅の耐震化が命を守る上での基本である。耐震診断と耐震補強、建て替え等の備えが必要である。大金を使い耐震補強してもその効果を実感できないとか、工事期間中の不便さ、生きている間に大地震は来ないだろうといった考えが耐震化の判断を阻害するが、工時費には一部公的補助もあり、また何よりも命を守る事を第一に考える必要がある。
    ②命を守る・火災延焼時の避難
    火災延焼時の避難について、延焼のスピードは比較的遅いが、延焼が始まったら安全な場所に避難するのが鉄則である。関東大震災では火に囲まれ逃げ遅れ亡くなったケースが多い。
    ③怪我をしない為の準備と直後の対応
    地震による怪我を防ぐ為の事前対策としては、家具等の転倒防止・ガラスの飛散防止・落下防止等の諸対策、またシェイクアウト訓練(姿勢を低く、体・頭を守る、揺れが収まるまでじっとしているという、身を守るための基本的な行動を一斉に行う訓練)等に慣れて置く事が必要である。
    またいざ揺れた時は、防御姿勢(シェイクアウト行動等)を取る事、2階にいた場合は1階に降りない事、火を使っていた時はその場を離れ、揺れが一段落してから消す事、割れたガラス等に注意してむやみに動き回らない事が必要である。負傷原因の3~5割は家具等の転倒・落下・移動によるものである。転倒防止対策によって有効性に違いがある(L型金具等が有効である)。
    ④帰宅困難:外出中に大地震に襲われた場合 外出中に大地震に襲われた場合、帰宅が困難になる。首都直下型地震による被害は東日本大震災の時よりも遥かに大きくなる事から、より厳しい問題が発生する。例えば、途中で延焼火災やビル倒壊・落下物に巻き込まれる事、交差点や道路の合流点等で人の流れが衝突(群集雪崩)する事など。山手線より内側の地域にいる時は事態が落ち着くまで直ぐに移動せず様子を見た方が良い。個人の準備としては家族との連絡方法や、家族が避難する方法を決めて置く事が必要である。また徒歩で帰宅する場合の準備、事業所等に留まる場合の備え、帰り道の確認(地図、徒歩帰宅訓練)などが必要である。
    ⑤避難生活
    自宅やライフラインが被害を受けた時は避難せざるを得ないが、何処に避難したらよいか。指定避難場所(地区防災センター)はダメージを受けておらず受入れ可能か、入れなかった場合は親戚・友人宅・自宅でのテントや車の中・温泉地等に避難するか。
    避難所での厳しい避難生活(寒さ・暑さ・固い床・狭い空間・劣悪なトイレの状態・プライバシーなし・ストレス)等に対処を余儀なくされる。避難所等での生活はいくら改善しても自宅での生活のようにはならない。
    ⑥共助力の強化
    公助、自助の限界を乗り越える共助力の強化が国分寺市は全国でも最も進んでいる。自主防災組織と地区防災計画が鍵であり各自治会等14の地区で防災計画を策定済または策定中である。
  2. まとめ
    ①国分寺市は今後30年以内に震度6強以上の猛烈な揺れに襲われる危険性が高い。
    ②その場合、耐震性に乏しい建物が大量に倒壊し、消防力を超える火災が発生し延焼する可能性がある。
    ③また、避難所の収容力を大幅に超える避難者が発生し、車避難や軒先避難を余儀なくされる。
    ④大量の帰宅困難者は余震と火災延焼の中を逃げ惑うことになるかもしれない。
    ⑤これらの問題を事前対策(耐震化、家具固定、感震ブレーカー、予備避難所等指定、安否連絡等の対策)や訓練(シェークアウト、初期消火、徒歩帰宅等)によって少しでも改善しておくことが強く求められる。
    ⑥自助と公助による対策だけでは限界があり、地域の共助力も同時に高めておくことが重要。そのためには地区毎に共助の仕組みを作っておくこと (地区防災計画の策定)が強く求められる。多くの市民の皆さんが、各地区で計画の策定や見直しに参加すると同時に、訓練等を通じて防災力を高めることを切に望みたい。

【質疑応答】

  • 災害ボランティアが助け合っていく段階は、いつ頃か?
    ⇒災害ボランティアは色々なタイプがあるが、多くの場合には最初の3日間は難しい。市の場合では社会福祉協議会がボランティアセンターを立ち上げる。それに、だいたい2~3日かかる。危険が去ってから。安全な所を中心にボランティア活動が始まる。
  • どれくらいの間に、どれくらいの確率で本当に地震が来るのか?
    ⇒個人的な見解としては小田原に注目。元禄の関東地震や大正の関東地震の前もM7クラスの地震は小田原で始まった。西相模灘(伊豆半島の東側)で地震が起きたら、次は首都直下が危ない。その時は、国分寺もいよいよ切迫してくる。

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