【講】国分寺三田会第13回講演会をオンライン(Zoom)で開催しました。

■開 催 日:2021年(令和3年) 6月 20日(日)14 時 00 分~16 時 10 分
■開催場所:オンライン(Zoom)方式
■講演テーマ:『先端生命科学が拓く地方創生』
■講師:冨田勝氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)
■主催:国分寺三田会
■出席者数:80名(当初参加予定者86名)

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の中、上記の通り参加者の安心・安全を考慮して完全なオンラインでの講演会を開催しました。
冒頭、全員で『塾歌』を斉唱、前原会長代行で平林副会長がオンライン講演会に至った経緯と冨田勝先生を紹介した後、慶應義塾大学先端生命科学研究所所長でもある冨田勝先生に『先端生命科学が拓く地方創生』をテーマに約2時間の講演を頂きました。今年は後援協力の依頼を一切行わず、参加者も国分寺三田会会員に限定しての講演会となりましたが、慶應関係者3名・国分寺三田会OB1名を含む80名の方に参加いただきました。
 当初、オンライン講演会では臨場感に欠けるのではとの懸念の声もありましたが、冨田勝先生のお話は,多岐にわたる動画を上手に活用され、臨場感にも溢れ、大変分かり易く、画期的な講演会であったと称賛の声が多く寄せられました。
オンライン講演会に参加された感想として、
〇一年振りに会員同士の顔が見られ懐かしさで胸が一杯になった。
〇講演会を視聴して、慶應義塾大学が鶴岡キャンパスの成功・発展によって日本の科学、経済、社会に大きな貢献をし
 ていることを痛感。一塾員として大きな誇りを感じることができた。等々・・・オンラインならではの交流の楽しさ
 も目立ちました。
また、講演会プログラムに多くの音楽を盛り込み、視聴者に飽きのこない工夫もされました。
〇開始前:今春の東京六大学野球優勝、全日本大学野球選手権優勝を祝いカレッジソング
                  ・・・「ダッシュ慶應」、「丘の上」、「慶應賛歌」等。
〇休憩時間:冨田勲氏(冨田勝氏のお父様)が作曲された大河ドラマ「花の生涯」「勝海舟」
〇最後の閉めは『若き血』を全員自宅で斉唱。
 井上幹事長による冨田勝先生への感謝のエールでお開きとなりました。
〇エンデイングの音楽は松田聖子の「瑠璃色の地球」で癒されながら退出しました。

冨田勝先生の講演概要は下記の通りです。
講演会のご案内で添付された参考文献も参照ください。(2021.4. P68~71)
冨田勝氏著 三田評論掲載『鶴岡タウンキャンパス開設20年』 ~福澤スピリットで結実した学問による地方創生~
                    (ここをクリックで閲覧できます)

『先端生命科学が拓く地方創生』講演概要

1.慶應義塾大学先端生命科学研究所
1999年山形県・鶴岡市・慶應義塾の3者の協定で2001年4月に研究所をオープンすることが決まり、2000年の秋に私が所長に任命された。
研究所の主力技術はメタボローム解析という究極の成分分析技術で、一度の測定で対象のサンプル内にどういう物質がどのくらい入っているか分析できる。それまでの研究はまず仮説を立て、そこに結び付く代謝物を分析するもので、メタボローム解析はそれとは真逆のやり方だったが、2011年に研究チームは血液のメタボローム解析で肝臓疾患の人だけがある代謝物の濃度に違いがあることを突きとめた。これにより鶴岡に世界最高の技術があると評価され、世界中から企業や研究者が押し寄せることになった。
現在慶應鶴岡発ベンチャー7社の従業員は550人、これに慶應を入れると約670人の雇用を生み出しており、これは鶴岡市の労働人口の1%にあたる。さらに国の研究機関やIT企業が鶴岡に入ってきている。ゼロから産業を創る、地域の為でなく日本ひいては人類・社会の為に産業を興す、それがうまくいけば結果的に地元も潤う。

2.慶應鶴岡発ベンチャー企業
1)HMT(ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ)社
  2003年創業、2013年東証マザーズ上場。慶應を誘致して13年目に庄内地方として9社、そして庄内に本社のある
  企業としては唯一の上場企業となった。
  基本的には受託分析で、企業からサンプルを受け取り有料で分析して返すというビジネス。最近ではアンジェスと 
  いう国産のDNAワクチンを作っている会社と提携。
2)Spiber(スパイバー)社
  人工のクモの糸を作るところから発想を得て、クモの糸に限らずタンパク質素材を微生物につくらせることを可能
  にした企業。
  アプリケーションは多々あるが今一番力を入れているのはアパレル。ナイロン・ポリエステルは、石油由来という
  こともあるが、最終的にマイクロプラスチック・ナノプラスチックとなって海にいき地球環境に悪影響を及ぼす。
  一方タンパク質素材は何年か後に土に還るという生分解性があり、さらにアニマルフリーでもある。
  代表者の関山和秀氏が大学生の時の飲み会で、たまたまクモの糸が話題になったのが発端だったが、天然のクモの
  糸は重さ当たりの強靭性が鋼鉄の340倍といわれ、既に米軍やNASA等名だたる組織が人工のクモの糸の研究に取
  り組みながら成功しておらず、当初周囲の反応は否定的だった。しかし、タンパク質由来の新素材を実用化するこ
  とは持続可能な社会をつくる上で大きな役割を果たすと考え、研究を応援した。
  本人ができると思ったら気の済むまでやるべきで、例え失敗しても時間の無駄ではなく、その過程で人は成長す
  る。今は人毛に替わるカツラの素材としてアデランスとの共同研究も進めているが、課題は量産化。本年3月タイ
  に鶴岡第二工場の100倍の規模の工場が完成、2023年にはさらにその10倍の工場がアメリカにできる予定。
3)Saliva Tech(サリバテック)社
  医療機関と提携して唾液による癌のスクリーニング検査を行っている。ストローと小さな容器の専用キットが実用
  化されビジネス化されており、国内1300の医療機関でおよそ3~4万円で検査を受けられ5種類の癌のリスクを調
  べることができる。唾液を解析センターで専用装置にセットし、癌のリスクをAからDの4段階で判定する。自宅で
  唾液を採取して送るというサービスも去年始めた。更に血液での鬱病の補助検査も実用化に向けて研究中。
4)メタジェン
  世界初となる便を常温保存できる検便キットを作った。便の中には病気を治してくれる腸内細菌がおり、世界中か
  ら便を集めて取っておけば、将来そこから菌を取り出して薬にできる可能性がある。但しその為には冷凍技術は使
  えず常温保全が必要となる。腸内細菌のバランスは最近非常に注目をあつめており、免疫や糖尿病・動脈硬化、更
  に精神疾患にも関与していると言われており、新型コロナの重症化にも関わっているとの研究結果もある。
5)ヤマガタデザイン
  社長の山中大介氏はSFC出身だがバイオとは関係なく、アメリカンフットボール部OBで、卒業後大手不動産会社
  に7年間勤務後鶴岡で街づくりの会社を始めた。
  前からサイエンスパーク内に宿泊施設が欲しいという話があり、山中氏がたまたまSFCの教授をやられていた坂茂
  氏にデザインを頼み込み、スイデンテラスが完成した。サイエンスパーク、学園都市と言うと日本では研究所の団
  地みたいになってしまうが、研究者がそこに移る時の最後の課題は家族を説得することで、家族からここに住みた
  いと言って貰えるような街づくりを目指している。

3.人材育成
今藤沢キャンパスの学生が鶴岡キャンパスの寮に泊まって毎日実験をやるバイオキャンプと呼ぶカリキュラムがあり、ここでは1年生から研究を開始する。週末には学生たちは山形の自然や文化を満喫するが、これも授業の一つ。大切にすべきことはひらめきとかアイデアであり、つまりサイエンスもアートであり自然や文化に触れて感性を磨くことが重要だと思う。
2009年以降、市内の普通高校と酒田東から多くの高校生を助手や研究生として受け入れている。市内の高校生全員にチラシを配っているが、応募条件の一つは“世界的な生命科学者になる意欲を持っていること”、もう一つは“特別研究生に採用されたら研究成果をアピールすることでAO入試若しくは推薦入試に臨む気概を持っていること”。つまり中途半端にセンター試験の勉強をせず、好きな研究をやり詰めて出した結果をアピールすることで大学に採ってもらう気概を持っている高校生は受け入れて全面的に援助するという制度。慶應の5つの高校からも3~4人ずつ選抜し、2~3泊で実験・実習をやるイベントがあり、2つの小学校の6年生と中学校の1年生合わせて30名に鶴岡に来てもらって同様のイベントを行っている。
また、世の中の問題で文系だけで解決できる問題なんてないし、理系だけでも解決できないという観点から、文理融合を目指して大企業の会社員も受け入れている。大企業の経営者と話をすると、皆うちの社員は優秀だが人と違うことをやる人がいないと言う。人と違うことをする人がいないと社会も組織も進歩しないし、そういう人を応援するのが慶應の理念だと思っている。
2018年  3月に損害保険ジャパン日本興亜と包括連携協定を結んだのを皮きりに第一生命と明治安田生命とも協定を結び、その後日本ユニシスと、またつい最近SMBC日興証券とも同様の協定を結んで、現在10名の会社員が文理融合で活躍している。彼らは自分でテーマを選んで研究を行っており、ゼロから考えることで力が付き面白いアイデアが出るとかんがえている。
福沢先生に“異端妄説の譏(そしり)を恐れることなく、勇を振って我思う所の説を吐くべし”という言葉があるが、私はこれを“流行や権威に迎合する優等生ではなく、批判・失敗を恐れず勇気を持ってやれ”と理解しており、これが福沢スピリットの原点であり慶應義塾の理念のはず。私は鶴岡ではこの理念を愚直に守っている。そのスローガンの一つが“普通は0点”。世間では65点ぐらいが普通だろうが、このキャンパスでプレゼンして、でもそれ普通だね、と言われたらそれは全否定つまり0点を意味する。普通のことは普通の人がやってくれたらいいのであって、私たちは普通の人がやらないことやろう。皆と同じことを上手くやる人は優等生ともてはやされるが、私たちは脱優等生を応援する。

質疑応答

  • いろいろな技術者の方々が異なる分野で研究されていると思うが、どんな仕組みで彼らのアイデアを導きだしているのか。
    ⇒ 研究者も人間だから研究しながら楽しいと思える環境を整えることが必要。その考えに基づき当初からジャグジー・サウナ・仮眠室を完備している。リラックス施設はけしからんという発想をやめないと日本のサイエンスは進歩しない。
  • ハヤブサが貴重なサンプルを持ち返ったが、メタボロームで早く解析できないか。
    ⇒ 既にJAXAと話を進めている。但し、解析そのものはすぐだがそれは元データに過ぎず、解析結果にどんな意味があるか考えたり、それを裏付ける実験が必要となる。
  • タイやアメリカにクモの糸の工場を作るとの事だが、今は経済安全保障ということが言われている。なぜ日本国内ではなくタイ・アメリカなのか。
    ⇒ 研究開発本部は日本で、持って行くのは大きなタンクの部分のみ。コスト上ネックとなるのは微生物の餌となるバイオマスで、タイはバイオマスが豊富なことから量産化の部分のみタイに置こうというもの。また一国に頼るのは安全保障上危ないのでアメリカにも工場を作る予定。
  • 2年前分科会で鶴岡見学を計画したが地震で中止。今後も塾員向け見学会を実施するか。
    ⇒ 今後共観光とセットにした塾員向けツアーを実施するが、いずれにせよワクチン後。
  • 先生が所属する環境情報学部のアイデンティティーをどのように評価されているか。
    ⇒ 今までの教育は学部に学問分野の名前がついていたが、これからは学問分野をマスターするのでなく、例えば地球環境とか高齢者福祉といったイシューに取り組むべき。そのイシューの解決の為に、文理を問わずあらゆる分野の勉強をして、それを卒業論文にするのがSFCのスタイル。
    教育で一番重要なのはモチベーションで、好きなテーマを見つければ基礎がなくとも研究を始められるし、研究をスタートすれば何を勉強すべきかわかる。そうなると勉強は楽しくなる。これからはオンデマンドで学んでいく力をつけるべきで、大学を卒業しても勉強だと思う。SFCにおけるあなたの専門は、と聞かれた時、そこにはイシューがくる。それに向けて各学問分野をオンデマンドで勉強する。そしてまたテーマを替えてまたオンデマンドで勉強する。そうやって自分が成長していくと思う。

以上

<冨田勝氏略歴>

1957年東京生まれ。慶応大学工学部卒業後、米カーネギーメロン大学に留学し、コンピューター科学部で修士課程(1983)と博士課程(1985)終了。その後、カーネギーメロン大学助手、助教授、准教授、同大学自動翻訳研究所副所長歴任。1990年より慶応義塾大学環境情報学部助教授、教授、学部長、評議員を歴任。
米国National Science Foundation大統領奨励賞(1988)、日本IBM科学賞(2002)、科学技術政策担当大臣賞(2004)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2007)、International Society of etabolomics功労賞(2009)、福澤賞(2009)、大学発ベンチャー表彰特別賞(2014)、Audi Innovation Award(2016)、鶴岡市市政功労者(2016)、国際メタボローム学会終身名誉フェロー(2017)、山形県特別功労賞(2017)第68回河北文化賞(2019)などを受賞。