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2022年慶應連合三田会大会券について
国分寺三田会会員の皆様
2022年10月16日(日)慶應連合三田会大会が、日吉キャンパスの会場とオンラインのハイブリッド開催で行われます。つきましては、大会券6枚を幹事会で保有しておりますので、ご入用の方がいらっしゃいましたら、井上徹(幹事長)までご連絡下さい。1枚10,000円で販売しております。
井上徹(幹事長) Email; 0932697101@jcom.home.ne.jp 」
なお、下記のメールにありますように、鈴木周志(昭和57年商)さんが、卒業40年で大会券部会を担当されているとのことです。ご参考まで
<鈴木周志さんメール>
鈴木周志(昭和57年商)です。
今年の連合三田会は10月16日(日)日吉キャンパスとオンラインのハイブリッド開催ということです。私、卒業40年で大会券部会を担当しておりますので大会券ご用命の際はお声がけいただければと思います。よろしくお願いいたします
【講】国分寺三田会創立20周年記念講演会を開催いたしました(2022年6月11日)。
【C】料理実習「フライパン一つで作る簡単フレンチ」を開催しました。
【花】第38回 花と緑と文化の会例会を開催しました。
【Y】第39回ヤングサロン講演会を開催しました。
【ゴ】懇親ゴルフの集い[春]を分科会行事「ゴルフ部会」に掲載しました。
詳細はここをクリックください。
【歴】第96回 歴史をひもとく会 開催報告(詳細はここをクリックください。)
会員による歴史談義・江戸の食文化
第96回例会(会員による歴史談義)が、3月12日(土)国分寺公民館ホールにおいて出席者55名、感染対策に十分に留意して開催されました。講師は沼野義樹さんと菅谷国雄さんです。当初、昨年7月に開催する予定でしたが、コロナ禍の影響で延期を重ね、3月の開催となりました。
最初に星野世話人代表よりあいさつがあり、4度目の正直でついに開催できたことへの感謝の言葉とパックス・トクガワーナとも言える260年余りの江戸時代の平和が日本独自の文化である俳句や浮世絵、和食を生み出したとのお話がありました。続いて、お二人の講師による魅惑的な歴史談義が始まりました。
第1部 「江戸の食文化・江戸の料理を学ぶ」
講師:沼野義樹(昭和48年経済学部卒)
昭和48年経済卒(桐朋高校)
尾崎ゼミ 考古学研究会
国分寺三田会幹事
La Madre Cooking(料理の会) 代表世話人
江戸料理本(豆腐百珍など)を参考に江戸町人の料理を調理再現
料理人の知恵に学び調理を知的に楽しむ
最初に江戸の食材と調味料について深い研究成果が披露され、続いて江戸町人の食生活が具体的に生き生きと描かれ、最後に沼野さんが実際に復元調理された江戸料理の数々が実物の写真と共に紹介され、江戸時代にタイムスリップして食べ歩いているかのような豊かな気持ちとなってお話が終わりました。
江戸時代の町人の食事の特徴は地域に根ざした食材と発酵食品をうまく使ったことにあるそうです。
地域に根ざした食材は幕府の政策と深い関わりがあったそうです。魚介に関しては、幕府が摂津の漁師を招いて佃島を開いたことにより、上方の優れた漁法が定着し、種類、量とも豊富に供給されるようになりました。クロダイ、カレイ、スズキ、イワシ、アジ、コハダ、シラウオ、マグロなどの海水魚、ウナギ、ドジョウなどの淡水魚、シジミ、アサリ、ハマグリといった貝類が食卓を彩ったようです。
また、野菜については幕府が摂津農民を招き、進んだ農業技術を広めたことに加え、諸藩が地元の農民を呼び寄せたことなどもあり、品質の良い野菜が作られるようになり、将軍家に献上したことからブランド野菜が誕生したようです。夏野菜を3月に献上したりしたため、初物フィーバーの起源となったそうです。小松菜、練馬大根、砂村ネギ・ナスなどが知られるようになりました。砂村では魚河岸の生ごみの発酵熱を利用した促成栽培が行われたり、江戸の下肥を肥料として効率的に利用する仕組みができ、野菜の栽培が発展したようです。下肥は良い物を食べている家の下肥が高く買われたという面白い話もありました。また、下肥の収入は大家の収入となり、それによって正月に店子にもちがふるまわれたりしたそうです。
続いて、これらをどのように調理したか、調味料や味についての興味深いお話が続きました。江戸時代初期には肉体労働者が多かったため、塩辛いものが好まれ、上方のものが優勢だったのですが、中期以降は生活が安定したのと、町人が甘さを知ったことで、甘辛いものが好まれるようになり、同時に江戸のものが広まりました。
江戸の味の中心となったのが濃口醤油と甘味噌で、これに砂糖や鰹節が加わって、そば、うなぎ、にぎりずし、天ぷら、ドジョウ鍋に欠かせない調味料となり、これが現代まで続いているわけです。
続いて、お話は江戸町人の食生活に移っていきました。
江戸町人の生活に欠かせないのがお酒です。酒については上方からの下りものがずっと好まれたようで、特に灘の酒は人気があったようです。高価なので、薄めて出されることが多く、アルコール度は4〜5度程度だったそうで、7〜8升の大酒飲みが良く話にでてきますが、かなり割り引いて聞く必要がありそうです。
元禄時代には1日3食が定着したようで、男は1日4〜5合の白米を食べていたようで、カッケにかかるものが多く、江戸患いなどと言われていたようです。『守貞漫稿』という書物によると、飯は朝にまとめて炊き、朝は味噌汁とつけもの、昼は冷や飯とおかず、夜は茶漬けか粥とつけものが一般的だったようです。
また、江戸は男の人口が過剰で独り者も多かったことから、外食産業が発達しました。高級料亭もありましたが、水茶屋、屋台見世、一膳飯屋、煮売茶屋、居酒屋などがどこに行っても見られるようになりました。一膳飯屋では当時人気の奈良茶飯や深川飯などが売られ、屋台見世は立ち食いも多かったようで、天ぷら、そば、すしが売られました。居酒屋は酒の小売りが、店頭でも飲めるようになり、やがて肴も提供するようになり居酒屋となりました。豊島屋が有名でした。
江戸で人気の食べ物はそば切り、かばやき、天ぷら、にぎりずし、ドジョウ、初物だそうで、それに関わる面白い川柳が話題にされました。(「丑の日にかごでのりこむ旅うなぎ」)
お話の最後に沼野さんが実際に復元調理された料理が写真と共に紹介され、思わずお腹が鳴ってしまった人も多かったようです。奈良茶飯、スズキの鮭焼き、鰻もどき、利休卵など十数種類に及び、食欲をそそったところで第1部は終了しました。
沼野さんは伝統ある慶應義塾大学考古学研究会に所属されていたのですが、慶應考古学の実証的精神が深く感じられるお話でした。
第2部 「江戸の食文化・そば切り今昔」
講師:菅谷国雄(昭和37年経済学部卒)
昭和37年経済卒(慶応高校)
島崎ゼミ ワンダーフォーゲル部(KWV)
国分寺三田会 第4代会長
福沢諭吉読書会
蕎麦切り30余年
ゴルフ他趣味多彩
菅谷さんは、二百数十年に及ぶ平和の時代、パックス・トクガワーナが生み出した日本文化は必ず後世に継承しなければならない貴重な財産であり、その中の一つとしてそばを取り上げられました。300年近い平和が人類史の中でいかに稀有のものかは、他にはクレオパトラで知られるプトレマイオス朝の260年の平和があるくらいである。それほど稀有なものであるから、そこから生まれたものも人類全体の財産と言っても良いくらい貴重なものであるというお話でした。
そばのルーツは諸説あるが、奈良時代の遣唐使が持ち帰った粉製品が僧侶の精進料理として食されたのが始まりとされるそうです。その後、伊吹山中腹の太平護国寺で水田に適さない傾斜地で、救荒食物としての蕎麦が栽培されたが、ここは昼夜の寒暖差が大きく蕎麦の栽培に適していて美味であり、客人にも評判となり、彦根藩から江戸幕府に献上されたという記録があるそうです。室町・戦国時代までは小麦粉に混ぜて、団子や蕎麦がきとして食べられていましたが、江戸時代になってそば切りが流行するようになり、江戸時代末期には食べ物屋6000軒のうち、3000軒の蕎麦屋があったと伝えられています。蕎麦の普及については、そばによって江戸患いと言われたカッケを克服しようとしたという説を批判的に紹介され、そばの普及は江戸町人の嗜好という文化的要因ではないかと推測されました。
お話の中では人口学について言及があり、平和が続いた江戸時代に非常に人口が増加し、これが江戸文化の創造に大きく貢献したということが紹介されました。
最後は、柳家小さんの「時そば」を聞き、大いに笑うと共に、江戸文化がどれほど現代人にも根付いており、また継承していかなければならないかを実感して素敵な時間が終わりました。菅谷さんのお話には、なにか落語家のはなしのような雰囲気が感じられて引き込まれ、伝統というものの意味を感じさせられました。
- 司会 貫名世話人
- 挨拶 星野代表世話人
- 講演の様子 沼野講師
- 講演の様子 菅谷講師
- 会場の様子
- 質疑応答の様子
国分寺三田会 平林会長メッセージをお届けします。(詳細はここをクリックください)
2022年1月9日
国分寺三田会の皆さま
新年あけましておめでとうございます。
寒さが厳しくなっておりますが、お元気でお過ごしの事と思います。
中国武漢から始まった新型コロナウイルスは2年にも及びますが、昨年11月から緊急事態宣言も解除され一時は落ち着きつつあり「ホット」した矢先、また新たな変異ウイルスのオミクロン株が急速に拡大し翻弄されつつあります。当国分寺三田会でも創立以来経験した事もない程活動自粛を余儀なくされ一時は全ての活動を停止しましたが、三大行事については会員の皆さんの「安全・安心・健康第一」の方針の下、オンライン(Zoom方式)による講演会、総会を実施してきました。新年会もオミクロン株の感染拡大に伴い会場開催⇒オンライン開催に急遽、変更し開催する予定です。分科会についても「囲碁」「ゴルフ部会」「花と緑と文化の会」に加え一部「ヤングサロン」「料理の会」「歴史を紐解く会」が再開を始めたところです。
こうした中、世界的にはワクチンの接種と治療薬の実用化が始まり3回目のワクチン接種も始まりつつあり一筋の光明が差しています。コロナ禍収束には今暫く時間はかかるかも知れませんが、これまで先人達が乗り越えて来たパンデミック同様、世の人知が総動員され必ずやこの災禍を克服できるものと確信しております。
2021年慶應連合三田会大会も2年ぶりにご自宅から参加できるオンライ形式で行われました。そのスローガンは『みんなでみらいへ』(Creating Future Together)の言葉を残しています。当会では、ホームページに交流サイト「みんなの広場」を立ち上げていますが、このサイトに会員の皆様の“趣味”・“思い出”・“思い”等寄稿頂き、新たな親睦の機会・芽となる交流を期待しています。『知れば始まる、広まる、深まる』、当サイトを是非ご愛顧ご活用頂ければ幸甚です。来る6月には、慶應義塾大学出身で読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏をお迎えし、創立20周年記念講演会の準備も始めていますのでご期待ください。
最後になりますが、今年の干支は『壬寅』(みずのえとら)といわれ、厳しい冬を超えて芽吹き始め、新しい成長を遂げる年を表しているとのことです。一日も早くコロナ禍の事態が収束し、皆様とまた笑顔で実際にお会い出来る日を心より祈念しております。
国分寺三田会
会長 平林正明
2022年国分寺三田会新年会:会場開催方式⇒オンライン(Zoom)方式へ変更のお知らせ(詳細はここをクリックください)
2022年1月9日
2022年1月:国分寺三田会新年会
『会場開催⇒ご自宅からオンライン(Zoom)方式へ変更のお知らせ』
国分寺三田会の皆さま
コロナ禍で既に2年に及ぶ鬱陶しい日々が続いておりますが、皆さま如何お過ごし
でしょうか。昨年末まで一時コロナ感染者も大幅に減少し、今年の新年会は漸く会員
同士が顔を会わせる通常の新年会に戻ることが出来るものと期待し、準備を進めてま
いりました。他方、専門家の間ではいずれオミクロン株による第6波が到来すると予
想はされていましたが、ここ数日でこれまでにない速さで爆発的な感染力の強いオミ
クロン株が急増し、第6波の波が現実味を帯びてきました。
このような状況下、当会の行事は会員の皆さまの『安全・安心・健康第一』を考えて
運営されるというのが基本であり、感染リスク回避の次善の策として昨年6月に実施
した講演会や9月実施の総会に引き続き、オンライン(Zoom)方式による新年会に切
換えさせて頂きたくお願い申し上げます。
皆さまにはオンライン上での顔会わせとなりますが、ご自宅から安心して新年会に
参加して頂き、賀詞交換や会員相互の交流が笑顔でできますことを楽しみにしており
ます。また、ご自宅でアルコール類やソフトドリンク等を準備され、お気軽にご参加
いただければと思います。
国分寺三田会
会長 平林正明





