第54回ヤングサロン講演会

演題『イノベーティブ福祉国家の可能性』(日本の今後進むべき道への提言)

 

2025年11月30日(日)多摩図書館2階セミナー室にて35名参加の下、第54回The Young Salonを開催しました。               専修大学経済学部教授徐一睿氏を講師にお迎えし、上記演題をテーマにお話しいただきました。                               徐一睿氏は2003年慶應義塾大学経済学部卒、修士、博士課程、助教を経て現職に就かれており、専門は財政学と中国経済論です。講演の概要は以下の通りです。

 

惑星的思考と財政ポピュリズムの時代

現在、給料が増えても税金と社会保険料で手取りが増えないという不満が、特に若年層を中心に広がっている。今年の参院選挙がらみで、SNS上では今すぐ減税、消費税廃止といった主張が大きな支持を集めており、或いは外国人は帰れというような短い字数や動画で語られる単純化された経済議論が蔓延している。更に格差のスピードも非常に速い。このような状況を財政ポピュリズムと呼んでいる。

経済成長なしでは選択肢は2つしかなく、1つは分配の変更を拒否し現状維持を続けることだが、これは若年層に許してもらえない。もう1つは財政ポピュリズムに陥って持続不可能な

約束を乱発し、集合的経済行為を機能不全にすること。この袋小路を打破する第三の道としてイノベーション主導型の新しい福祉国家モデルを提唱したい。

 

理論的枠組み:イノベーティブ福祉国家とは何か

20世紀の福祉国家はケインズ経済学に基づくケインズ型福祉国家で、政府が総需要を管理し、景気を安定化させ、所得再分配によって格差を是正し、完全雇用を追求する政策体系だが、1970年代以降こうしたモデルの限界が見えてきた。最大の問題は成長と福祉のトレードオフで、そこで出てくるのが“XXファースト”の考えで、日本はこの問題が特に深刻になっている。

これに対して、21世紀の福祉国家モデル即ちシュンペーター型福祉国家と呼ばれるものへの転換を考えなくてはならない。その特徴は3つあり1つ目は供給サイドへの積極的介入、2つ目はイノベーション促進による生産性の向上、3つ目が人的資本への戦略的投資で、教育・研究開発・職業訓練に重点的に投資してイノベーションを起こせる人材を育成していくもの。

イノベーティブ福祉国家の核心は、福祉支出をコストではなく人的資本への投資と位置付けることにあり、さらに重要なのは柔軟な労働市場と手厚いセーフティーネットの両立。これは一見矛盾するようだが中国やデンマークでは成功している。

 

国際比較:成功モデルの分析

中国の理科系の大学卒業生は現在年間470万人、1999年以降の累計教育投資は30兆元、高等教育進学率は75%に上る。この大規模な教育投資の具体的成果が太陽光パネル産業やレアアース、特に重希土類の精錬技術、電気自動車、AI技術、電子通信などである。これらの成果を支えるものとして財政メカニズムが極めて重要で、中国は条件付きの成果連動型の補助金システムを活用し、効率的な資金管理を実現している。また、地方政府間の教育支出競争により投資を加速させている。さらに、政治選抜トーナメント方式など、あの手この手を使って地方の人材を育てている。

デンマークは、九州の半分ほどで人口600万人の小国ながら、経済パフォーマンスは驚くべきものがある。生産年齢人口当たりのGDPはアメリカを上回り、大学進学率は85%で完全無償化の上、生活費が支給される。その成功の要因は柔軟な労働市場にあり、セーフティーネットがしっかりしていることから解雇規制が極めて緩く、年間30%が転職する。また、産業財団による研究開発投資も要因の一つである。

 

日本の現状と課題

日本の名目GDP成長率は過去30年間ほぼゼロで、労働生産性はOECD加盟国中21位。このような停滞が続いた主な要因は教育・研究開発投資の軽視にある。参院選挙後の状況を見ても、SNSでは今すぐ配るという論調が支配している。日本の政治が財政ポピュリズムの罠にはまってしまっており、非常に厳しい状況にある。

更に、世界環境も悪化している。米中技術覇権競争、まさに覇権国と新興国の対立が激化する中で、日本は相当微妙な立場に置かれている。

こうした中で日本が持つ強みは何か。自分はそれを不可欠性の権力と呼んでいる。日本が半導体サプライチェーンにおいて、なくてはならない存在であることをアピールし続けていかなくてはならない。例えばフォトレジスト等の半導体材料の世界シェアは70%で、こういうものを中国にもっと使ってもらわねばならない。ここが一旦途切れると、中国国内産のものが一気にシェアを奪っていく。アメリカからは対中輸出規制への協力を、中国からは市場へのアクセスの維持を要請され、その圧力の中で日本の自立性確保という難しい課題に直面している。

 

日本版イノベーティブ福祉国家への提言

最後に日本版イノベーティブ福祉国家への提言をしたい。それは5つの戦略的改革で、①労働市場改革、②教育投資の抜本的拡大、③研究開発促進税制の強化、④中間団体の育成、⑤地域イノベーション拠点強化、すべてごく当たり前のことである。

改革の実行には財源が必要だが、まず現在福祉目的税である消費税に教育目的を加える、金融所得税の強化、炭素税導入およびデジタル課税で、計年間10兆円規模の財源となる。

この改革を一気に実施するのではなく、第一段階でパイロット事業及び特定地域での実証、第二段階で成功モデルの全国展開、第三段階で本格的構造転換によるGDP成長率2%の達成、第四段階でアジアモデルを確立し国際展開を行う。これを達成しないと日本は沈没する。

 

対話による未来への投資

日本は強みを生かしながら独自モデルを構築すべきで、何と言っても非常に高い技術水準を基底としており、ここに人材の質的向上、さらに地政学的地位を生かした第三極戦略、社会的信頼と安定性を生かした斬新的改革を進めるべき。

東京大学の神野直彦教授が「分かち合いが社会をより豊かにする」という理念を提示しているが、この「分かち合い」は教育投資を通じて人的資本を育成し、その人材がイノベーションを生み新たな富を創造することで、新たな富が社会全体で分かち合われ、さらなる教育投資が可能となる。この好循環こそが「分かち合いの経済」の21世紀的展開である。

教育とイノベーションを通じた「分かち合いの成長」こそが日本の進むべき道である。

 

質疑応答

Q:最近日本の研究者は中国に行かないとの指摘があったが、行けない理由が有るのではないか。現在中国では研究者の間でどのくらい自由な発言ができるのか。

A:監視国家は怖いと皆が言うから自分も怖いと思うが、実際に逮捕されたのは一線を越えた人達で、言っているほど怖くはない。中国の先生達とは政治関連でも自由な発言ができる。

Q:中国では国家の補助で過剰生産となっているのではないか。供給過剰であってもGDPに寄与する需要が足りないのではないか。民間投資が伸びない中で、今後の中国の経済成長にどのような見通しをもっているか。

A:中国はまさに需要が衰退している局面にある。政府の政策はGDPを増やすにはいいが、雇用の促進にはあまり役立っていない。自分の考える一つの解決策は、この数年で4倍に増えた国営企業の利益を国民に再分配すること、つまり国民が株主となって配当を再分配する仕組みができないか。今まで供給サイトに力を入れてきたが、今後需要サイトに再分配を行うことで、消費をヒートアップさせることが期待できるのではないか。

講演会(講師1)2講演会写真(全景)2

熱弁を振るう徐教授                   日本への提言を聴入る参加者

【Y】第53回ザ・ヤングサロン「コカコーラ多摩工場見学」

2025年6月27日(金)、14名が参加し、コカコーラボトラーズ多摩工場の見学を実施しました。

概要は以下の通りです。

第53回ザ・ヤングサロン

テーマ:コカコーラ多摩工場見学

昭和38年(1963)よりコカコーラ社製品の製造を続けている歴史ある工場で、缶・ビン・PETボトル製品の迫力ある製造工程を見学。コカコーラ誕生からの歴史、環境活動へのとりくみなどの説明聞いた後に、コカコーラ社製品の試飲と記念品のノートをもらいました。

今回の工場見学も参加者の皆さんからとても好評をいただきました。今後も、機会があれば、ザ・ヤングサロンの中に、工場見学、企業訪問を取り入れていきたいと考えています。

(文責:小林(一))

20250627コーラ工場見学2

              工場見学の参加者

第52回 ザ・ヤングサロン講演会「戦後の米国対外政策と最新の動向」

2025年4月27日(日)都立多摩図書館2階セミナールームにて42名の参加者で開催した。今回は慶應義塾大学法学部名誉教授  赤木完爾(あかぎかんじ)氏による講演であった。赤木名誉教授は1977年法学部卒業、大学院修士課程終了後、防衛研究所に  勤務。1989年法学博士。1990年に慶應義塾大学法学部に転じ、2019年まで国際政治、安全保障論を講じた。

≪講演概要≫

1.幾つかの前提

米国は『唯一の超大国』ではないものの軍事分野では「代わりの利かない大国」である。

・圧倒的なGDPの規模(数年前まで中国が米国を抜くとの見方もあったが、近年の失速により、米国の地位は揺るがない。   だが中国は米国の7割の規模になった過去に例のない国である)

・ソフト、サービスの分野における圧倒的な強さ。

・中ロ以下日本を含む14か国の国防費の総合計に匹敵する規模の国防費の規模である。

2―1米ソ冷戦の特質

・異なる社会体制の優劣を巡る闘争であった。

―イデオロギーと権力の合体

―東西両陣営の組織化:NATO対ワルシャワ条約機構

―グローバル単位での権力政治ゲームであった。

・米国の目標:ソ連の封じ込めと抑止

2-2冷戦初期の2つの事実

・欧州における東西間の一触即発の対峙

・核兵器の急速な発展

―キューバ危機、Able Arncher危機:いずれも米ソ二国間の直接対話で危機を回避した(両国による裏取引もあった)。

⇒相互確証破壊状態による関係の安定をもたらした(両陣営とも核兵器の使用は破滅をもたらす、という点で一致していた)

2-3冷戦における構図

・米国:欧州、日本への拡大抑止を提供

欧州において、一定の兵力水準を維持するも、武力行使は回避する。

・ソ連:米国に対し核兵器の脅威を確立

東欧の陸上兵力の強化維持、及び第三世界において西側に圧力をかける。

3.冷戦下における力の均衡の変化

3-1西側諸国の繁栄

・安定した安全保障下、国際経済制度の下で繁栄した。

・超国家、非国家組織の増加:IMF,GATT,等

⇒東西両陣営間に経済的相互依存関係が無かった為に一層繁栄の差が際立った。

3-2冷戦の終結:1991年ソ連の崩壊とともに冷戦は終結。

4.冷戦勝利と冷戦後の世界

4-1冷戦後の世界

・米国単極時代

・新たな紛争要因の出現:民族自決主義をキーとした分離主義(ユーゴ内戦、チェチェン、チベット、ウイグル、等)、失地回復(台湾、ウクライナ、等)、更に非国家主体のテロ。

4-2核兵器と核戦略:冷戦後軍事介入成功のための全般的優位の一部として核兵器が位置付けられた。一時核軍縮の動きはあったが(オバマ時代)、新たな保有又はその疑い、中国の核保有数の猛迫、等により核抑止の再構築に進んだ。(核保有9カ国の人口は地球全体の人口の半分に達する)

⇒冷戦後の地域紛争は「安定・不安定の逆説」Stability, Instability Paradox と表現される。

4-3米国の苦悩

・国際関係における責任分担の不在:冷戦中、東側に対しては無関心でいられた。

・破綻国家の出現:介入すると再建責任まで負わされる。

・米国内で冷戦に対するコンセンサスが崩壊した:これが後に自国第一主義へと発展。

・中・ロをリベラルな国際秩序に取り込む試みは失敗した。

5.「冷戦後」の終わり=トランプ政権と米国対外政策の変容

5-1唯一のコンセンサスは中国こそ唯一の競争相手である、というもの。

・不当な競争御で米国の利益を奪った。

・追い上げる中国:インド・太平洋地域の覇権を狙ってくる。

5-2従来の対外関与路線を否定⇒米国の国力の再生に繋がると確信。

5-3力と利益の外交への転換

5-4 NATOと日米同盟への衝撃

・欧州の軍事力はロシアと拮抗している(懸念は小さい)。

・日本からアジア、オセアニアの国々の軍事力は総合しても中国の半分に満たない:この地域においては米国の存在抜きに均衡はあり得ない(中国同等の軍事力を持つにはGDPの3.5%の軍事費が必要となる)。更に、米国の後退により、アジアの中には中国にすり寄る所も出るやもしれない。

一つは対外関与に懐疑的なMAGA派:Make America Great Again一辺倒の人達。

他方、中国への対抗を重視するPrioritiserと呼ばれる人たちである。
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熱弁を振るう赤木名誉教授            熱心に聴き入る42名の参加者

第51回ザ・ヤングサロン講演会「国分寺市の防災関連のとりくみ」

2025年2月16日(日)多摩図書館2階セミナー室にて24名参加の下、第51回The Young Salonを開催しました。国分寺市防災安全課防災まちづくりご担当の秋元武志係長及び蛭田萌氏のお二人を講師にお迎えし、国分寺市の防災関連のとりくみをテーマにお話しいただきました。講演の概要は以下の通りです。

第一部 防災まちづくりの取組みについて

1.国分寺市の防災都市づくり

国分寺市は昭和49年に防災都市づくりを開始、昭和50年~51年の調査・研究の結果を昭和52年に「あなたのまちの防災診断」と題して昭和52年に市報で公表、翌年それらを集約した「災害危険区域図」と「災害危険度表」を作成して全戸に配布。多くの関心が寄せられ、市民の防災に関する積極的参加に繋がっている。

2.防災まちづくり推進における個別事業

(1)市民防災まちづくり学校と市民防災推進委員会

自分たちのまちを自分たちで守れる市民を育てることを目的に「防災まちづくり学校」を開設。担当職員や専門家或いは防災活動を行っている市民を講師とし、自助・共助をテーマに学習してもらい、7割以上の出席者を修了者として認定、更に自らの地域で防災の普及・啓蒙活動を行うという申し出のあった人を市民防災推進委員として認定、推進委員同士の交流や学習の場として昭和59年6月に市民防災推進委員会が設置された。

(2)防災まちづくり推進地区

地域住民の発意をもとにした地区単位の防災計画の策定、地区の安全な環境づくりと防災活動体制づくりを目指して市と指定エリアとしての協定を結んだ地区を防災まちづくり推進地区と呼ぶ。

防災まちづくり推進地区は在宅避難者の支援のための防災計画を策定する。また推進地区の人たちは災害時に在宅避難者の支援のための地区本部を立ち上げ、市の災害対策本部は地区本部との間で安否確認や必要な物資の情報交換を行う。

3.市民全体の防災まちづくり

住みよいまちづくりの為に、市民防災まちづくり学校で自助・共助を学ぶ→卒業生が市の防災推進委員として活動→防災まちづくり推進地区の誕生、というサイクルがうまく回るように市として力を入れて支援していく。

現在国分寺市が協定をむすんでいる防災まちづくり推進地区は16あり、市内の面積の約半分を占めるが、将来的には市内全域が防災まちづくり推進地区となってもらいたいと考えている。

第二部 防災時の備えについて ― 防災講座

1.東京都の新たな被害想定と大地震発生に伴い生じる危機

東京都は令和4年5に首都直下地震の被害想定を見直したが、都市部に大きな被害をもたらすと見られる多摩東部直下地震はマグニチュード7.3、最大震度7で、都内殆どの地域で震度6弱から6強の揺れとなり、広い範囲で大きな被害が発生すると言われている。

国分寺市内では建物全壊452棟、半壊1,712棟、準損壊・一部損壊は半壊の数十倍、火災による焼失建物932棟、死者48人、負傷者886人、避難者約1万8千人、帰宅困難者約1万1千人と想定されている。またライフラインに関しては、電力・通信の被害率は数%だが、その影響で計画停電や通信障害が発生しうる。上下水道についても、埋設管の耐震化が進んでいるものの、一部地域では使用できなくなる。これらのライフラインの復旧には一月ほどかかると見られている。また、地面の隆起や建物倒壊により、市内の多くで道路閉塞率が15~20%になり、逃げたくても逃げる道がない状況にもなりうる。延焼火災に関しては、同時多発火災が発生して鎮火までにはまる一日以上かかると想定されている。

2.地震が起きたらどうするの

地震が起きた場合、まず一時避難場所である近くの学校・公園や地区災害時退避所のような広くて安全な場所に避難する。一時避難場所とは、揺れが収まってから近隣の避難者が一時的に集合して様子を見る場所、または避難のために一時的に集団を形成する場所。一方、広域避難場所とは火災の延焼危険がある場合に安全を確保するためにまとまって避難する場所のこと。

次に、火災の延焼の危険がなくなり余震がある程度落ち着いたら、自宅の安全の確認に行き、安全の確保がとれていれば自宅に戻ってもらう。自宅が居住困難と判断された場合、市内の小中学校などに開設される地区防災センターへの避難をお願いする。地区防災センターは地域の防災拠点として、避難場所内の人のみならず在宅避難者への支援物資の配給なども行われる。また、市では近隣市と協定を結んでいて、近隣市の避難場所を利用することもできる。避難場所での生活では体調を崩しやすいので、可能な方は在宅避難や少し遠くの親戚・友人宅への避難を検討して欲しい。

大人一人に必要な飲料水は一日3リットルと言われており、これを目安に備蓄をお願いする。断水の場合、北町給水場と東恋ヶ窪配水場に災害時給水ステーションが開設される。また、地区防災センター内でも応急給水が実施される計画となっている。

大地震発生後スーパーやコンビニの生活必需品はすぐに品切れとなり、首都圏の物流機能も低下するため、一週間以上の食料を準備しておく必要がある。停電も考慮して1~2日目は冷蔵庫内のものを、2~3日目は乾麺類など普段からの買い置きを食べ、4日目以降非常食と考えれば、非常食は3~4日分の備蓄が必要。カセットコンロやボンベと合わせてパッククッキング用耐熱性ポリ袋も準備しておくと便利。

市の食料備蓄目標数は14万6千食で、帰宅困難者と災害業務に従事する市職員をふくむ避難者等の2日分を備蓄、3日目以降は都や国の備蓄及び物資供給に関する協定先から調達する計画となっている。飲料水に関しては避難者等の1日分の約6万リットルを備蓄している。

次はトイレの問題。トイレは下水道の無事を確認してから使うようにして欲しい。トイレが使えない時に備えて携帯トイレの備蓄が必要となりその数は (1人1日5回) x (家族の人数) x (7日分) で計算して欲しい。4人家族だと140回分必要で、それが無理なら少なくとも半分の70回分は用意して欲しい。

3.各自が取り組める自助・共助

災害時まずは自らの命を自ら守るための自助が基本となる。

始めに木造住宅の耐震補強の話で、最新の耐震基準である2000年基準での耐震化が100%になれば、死者数・全壊棟数を6~8割減らせると言われている。未対策の方は市の助成事業も利用して欲しい。

また、近年の地震での怪我の原因の3~5割が家具類の転倒・落下・移動によるものであった。家具転倒防止対策が100%施されれば、死者の数を8割減らせると推定されている。ご自宅に戻ってから家具の固定や物の配置を見直して欲しい。

次に出火防止について、阪神・淡路大震災や東日本大震災での出火原因の8割以上が電気によるもので、その多くが通電火災であった。通電火災を防ぐ一番の方法はブレーカーを落とすことだが、冷静にブレーカーを落とすことが難しい。その対策として感震ブレーカーという器具もある。感震ブレーカーや消火器の設置を推進することで、焼失棟数・死者を約9割減らせると言われている。市では感震ブレーカー支給事業を実施しているので、是非検討して欲しい。

続いて、食料や生活必需品の備蓄も自助の一部となる。

4.家族で防災会議

災害時に必要なことを家族で決めておくために、家族の防災会議を行ってみていただきたい。まずは普段住んでいる地域の情報を知るところから始めて、その後家族で集合場所や避難ルートの確認、安否確認方法など必要なものを決めていって欲しい。

参考となる情報が市作成の防災・ハザードマップ。全戸配布済だが市のホームページから見ることもできるので、確認しておいて欲しい。家族の安否確認には災害用伝言版が役立つ。東京都の公式アプリである東京都防災アプリの活用や東京暮らし防災と東京防災という都の冊子も有効で、冊子は都のホームページから見ることもできる。国分寺市の防災アプリも使えるようになったので登録していただきたい。

自助から共助へ、自分の身を自分で守ることができたら、次は自分たちのまちは自分たちで守ることを意識した取り組みをお願いしたい。災害時頼りになるのは同じ地域の人や近所の人の助け合いであり、周りの人と顔の見える関係づくりを進めていっていただき、共助を大切にして欲しい。

 

質疑応答

Q: 1日避難生活の経験があるが、一番大事だったのは情報の収集と共有だった。例えば病院がやっているか、道路が寸断されているか、といった情報を共有できるインフラとかその方法などを何か考えているか。

A: 災害時の情報発信拠点となるのは地区防災センターで、それ以外にも防災行政無線・市のホームページ・市の防災X・市の防災アプリなど様々な媒体を使って市民へのお知らせを行う。災害時は誤った情報も出回るので、必ず市の公式なものから発表されている情報を参考に行動してもらいたい。

Q: 今後地域単位の推進地区と自治会との関連ができるようになるのか。

A: 市が目指す推進地区とは、上から目線であなたの地域はやりなさいというものではなく、逆にやれと言っても、指定を受けるための要件を満たすには地域住民のかなりの体力と時間を要して、簡単にはいかない。自ら自分たちの地域が推進地区になるために組織を立ち上げ、自分たちは自分たちのことをやるので協定を結びたいという要請があった場合に、市が考えていく。

Q:推進地区とは防災のためで、実際に地震が起きた時に活動するものではないということか。

A:災害時に推進地区の人たちには地域防災計画に基づき在宅避難をする人たちの拠点となる地区本部を立ち上げてもらう。地区本部は市と連絡をとり、例えば必要な物資を挙げてもらい、市はその地区本部に物資を渡しそこから各家庭に配ってもらう。

推進地区ではないエリアの人たちは、個々に地区防災センターに行って情報を入手したり物資をもらったりと、個々に動いていただきたいと考えている。

Q:地域の活動状況はどこで知ることができるか。

A:防災まちづくり推進地区については、市のホームページで公開している。また、推進委員会がブログを立ち上げている、

Q:災害時一番の問題はトイレだと思うが、市のトイレの配備状況はどうなっているか。

A:公園とか公共施設に市が災害用トイレを設置しており、更に今その数を増やす計画を作成中で、国や都の補助を受けながら設置していく予定。但し、衛生面や安全面から、その管理までは市の職員だけではできないので、推進地区の方々にお願いしている。

また、市では家庭用防災用品購入補助事業を行っており、簡易トイレも対象品目に含まれる。今年度の申請は終了しているが、来年度も継続したいとおもっているので、家庭での購入を検討いただきたい。

以上

身近な防災活動のとりくみを聴く

画像1ヤングサロン

 

第50回ザ・ヤングサロン「内外に難題を抱える習近平政権に活路はあるか?」の講演会を開催

2024年11月17日(日)多摩図書館2階セミナー室にて53名参加の下、開催。今回は、小島眞氏(当会会員、S45年経済学部卒)からご推挙をいただき、拓殖大学名誉教授藤村幸義(ふじむら たかよし)氏、元日本経済新聞北京支局長、元慶応大学非常勤講師を講師にお迎えし、首題をテーマにお話をいただきました。藤村氏は1967年慶應義塾大学経済学部卒で、1979年から日本経済新聞北京特派員、支局長と北京勤務6年半、2001年から拓殖大学国際学部教授、2007年から2009年国際学部学部長を歴任。講演の概要は以下の通りです。

                        
1.習近平政権が内外に抱える難題
 1-1.泥沼の不動産市場
  上海市に住む知人のマンションの評価は最近1,2年で1億円から1/3低下し3千万円の評価損。国内の売残ったマ
 ンションの在庫は2年分と言われている。この原因は①不動産は永遠だという神話の下、不動産価格の行き過ぎ
 た上昇②主要購買層である新婚者の数がここ10年間で25百万から半減(一人っ子政策による少子化、教育費・
 住宅価格の高騰の結果)と予想を上回るピッチで減少した、という要因を挙げる事が出来る。この結果大手不動
 産会社は軒並み規模が縮小し、不動産を売って収入を得てきた地方政府はここ2年で3割減。
 1-2.急速に進む米中のデカップリング
  中国による米国債保有高は過去10年で42%減少。西側諸国の対中投資額は80%減少。米国人の中国留学生数
 はピーク時の1万5千人から2023年には僅か350人に減少した。
  日本企業の投資向け先ランキングで中国は長年一位を占めてきたが、現在はインド、ベトナムに告ぐ3位に転
 落している。
 1-3.強まる「締め付け」
  2023年7月に反スパイ法が改正され、外国人も行動に注意を払わないと突然逮捕される例もある。メールや写
 真、動画を含むデータの調査も強化されてきている。藤村さんは、10数年間「中国デスク日記」を書き続け、配
 信してきたが、最近ではニュースソースを欧米や台湾のメディアに求めざるを得ないほど中国国内からの情報入
 手は困難になっている。
 1-4.習近平交代を求める声も
  鄧小平を再評価する動きが出てきており、今、習近平が最も懸念するのは「易姓革命」(TOPがダメなら首を
 付け替えろ)である。

2.それでも中国の経済成長がマイナスに陥らないのは何故か?
  日本のメディアは中国のマイナス面ばかりを報じるし、日本国民の中国嫌いも顕著であるが、中国の凄い所を
 見逃すと誤る、という事を中国の「IT発展」という新たな成長エンジンに見る事ができる。
 2-1.加速する「ネット社会」
  例として、名刺交換をせず、自分のSNSに相手を入力してデータ化する、個人の信用がスコア化され取引に使
 われる、交通情報がドローンによって収集される、等々社会サービスのネット化は目を見張るものがある。強力
 に普及を図っているが、便利なので国民から受け入れられている。
 2-2.産業転換:不動産不況を「新エネルギー」で補う動き
  NEV(新エネルギー車)が新車販売の50%を超え、再生可能エネルギーの分野でも世界の先頭に立つ、等我
 国との比較においても遥かに先を進んでいる。現状では過剰生産、過当競争を招いているが、これは補助金が多
 いことだけが原因ではない。中国人がベンチャー精神・スピード感に優れていること、さらに技術のモジュール
 化が進むことによって、新規参入の障壁を低くしていることも影響している。この結果、EVの平均価格はEUの
 半分にまで下がり、世界的なEV自動車の低価格化を先取りし、ブラジル・タイ・インドネシアでの販売も急増
 している。
 2-3.格差是正を目指す「共同富裕」
  現政権下で、収入格差を表すジニ係数が上昇傾向にある。このため、有名人を狙い撃ちにした高所得者の脱税
 摘発、収入の多い銀行員の給与引き下げ、従業員の取締役会への参加、等々の方法で格差是正を図っている。も
 っとも抜本的な是正には税制改革などが必要だが、富裕層の反対が強く、実現は難しい。

3.米中関係の行方
 3-1.ドナルド・トランプ新大統領の関税60%という選挙公約は実現可能か?
  中国も半導体開発に力を入れ、開発拠点を急速に拡大中である。汎用電子製品の対米輸出は減少しておらず、
 アメリカ人の生活が中国製製品なしには成り立たない。関税を上げると物不足・インフレになってしまう、とい
 うジレンマに陥るのではないか。
 3-2.グローバル・サウスを取り込む中国
  上海協力機構は6か国から10か国に拡大し、オブザーバー2か国、対話パートナー14か国が参加。BRICSも加
 盟国が9か国に拡大し影響力を高めている。一帯一路も諦めたわけではなく、東南アジアへの鉄路建設などは、
 着実に進展している。
 3-3.米中の勝負所は「生成AI」
  中国のべンチャー精神により、開発の質は低いがスピードは速く、基礎技術よりも応用技術に長けている為、
 AIの分野で中国が先行している。但し、強権政治、非民主主義による歪んだ発展に結びつく恐れも内包してい
 る。GDPで中国は米国を抜き去ることは出来ない、との分析が一般的になってきた(近年差は広がっている)。
 しかし、2年間で不動産問題が片付き、ITで花が開けば逆転もあり得るのではないだろうか。その中で、現在の
 日本の実情を見ると、生成AI開発でも大きく遅れている事を認識せざるを得ない。

質疑応答:
 Q:天安門事件で中国の民主化は進んだのか?
 A:逆に天安門事件で民主化の芽はつぶされ、その後、強権政治が進んでいった。

 Q:2027年に政権交代になった場合、はどうなるのか?
 A:次の政権は今よりも穏健になる可能性がある。そうなると、中国は却って外に向かって開かれ、成長力は向
   上するので、その方が日本にとって怖いかもしれない。

 Q:中国の台湾進攻はあり得るだろうか?
 A:台湾の新政権は独立色が強い事もあり、何かのきっかけで中国が一気に侵攻する事もあり得る。もっとも経
   済面への打撃を抑えるために、短期間の作戦を取り、米国の介入が整わないうちに決着をつけようとするか
   もしれない。
                                                以上

第49回ザ・ヤングサロン 「最新の認知症予防」の講演会を開催

2024年6月15日(土)多摩図書館2階セミナー室にて43名参加の下、第49回The Young Salonを開催。藤巻正樹さん(国分寺三田会会員)の紹介で、講師として社会福祉法人浴光会理事長髙木智匡氏 (国分寺病院)をお迎えし、首題をテーマにお話し頂きました。髙木智匡氏は、1994年杏林大学卒業後、同大学医学部第Ⅲ内科任期助手を経て 1995年社会福祉法人浴光会国分寺病院長、現在社会福祉法人浴光会理事長、一般社団法人国分寺市医師会会長、社会福祉法人国分寺市社会福祉協議会理事、国分寺市地区救急業務連絡協議会会長、公益財団フランスベッド・ホームケア財団理事。わかりやすい説明で理解を深めることができました。また、最後には認知症予防にもなるアンチエイジング体操を参加者全員で行い、質疑応答もありました。講演の概要は以下の通りです。

                       記

1.講演内容
①認知症とは
100歳以上の高齢者が全国に92,139人(2024.9)。ギネス記録では122歳(フランス)。ドイツの85歳の女性がAlzheimer医師のところに来院。アルツハイマーの言葉が広まる。
②加齢とは
生まれて成長・発達していく過程全て、特に成熟期を過ぎて中年期以降に出現する身体の変化
③老化現象として認められる症状
眼、耳、皮膚、口、消化器、肺、心臓と血管、泌尿器、内分泌と代謝、筋肉と骨・関節
④認知症の特徴
軽度認知症、アルツハイマー症、レビー小体型認知症。生活習慣病はドミノ状態にある。50歳と24歳の脳のMRI画像比較。アルツハイマー症のMRI特徴
⑤老齢期、認知症、うつ病の違い
⑥認知症の治療について
薬:ドネペジル、メマンチン、ガランタミン、リバスチクミン等
⑦レカネカブの効用について
⑧脳を元気にする
運動、食事総エネルギー量を抑えて腹8分目、野菜を多く摂取、魚を多く摂取、甘いものを控える。EPA、DHA
⑨動脈硬化・老化を防ぐ食べ方
咀嚼(よく噛んで食べる)。食物繊維質、タンパク質、脂質、炭水化物の順に食べる。
⑩健康長寿を実現させるホルモン
インスリン、セロトニン、βエンドルフィン、オキシトシン(幸せホルモン)
⑪認知症・老化の予防
節酒禁煙、標準体重/動物性食品、鶏豚魚を適量に/アルコールは1~2杯/考えをまとめる習慣/互いに褒め合いいい気分/幸せホルモン、スキンシップ/運動/朝日を浴びて腸内環境/運動、睡眠、腹七分目、おしゃれ心を忘れずに

2.認知症予防にもなるアンチエイジング体操   全員で体操を実施

【Y】第47回ザ・ヤングサロン 「ポスト蔡英文政権期を迎える台湾の国際関係」の講演会を開催

2024年4月21日(日)多摩図書館2階セミナー室にて42名参加の下、第47回The Young Salonを開催。法政大学法学部国際政治学科教授福田円氏(政策・メディア博士)を講師にお迎えし、首題をテーマにお話しいただきました。福田教授は2003年国際基督教大学教養学部国際関係学科卒で、2008年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科を単位取得退学、2011年に博士号を取得されています。講演の概要は以下の通りです。
                       記
1.台湾の総統・立法委員選挙
 (1)選挙結果とその意味
   投票率は71.86%と、戸籍地に戻らないと投票できないという制約の中で、前回より下がったとはいえ高い数
  字。総統選挙の得票率:民進党・頼清徳40.05%、国民党・候友宜33.49%、民衆党・柯文哲26.46%、立法委員
  選挙での獲得議席:国民党52、民進党51、民衆党8、その他2、 この結果から言えることは、
  ①民進党が3期続けて政権を継続するが、得票率が低く議会での単独過半数を失っていることから、民意や野党の
   プレッシャーが強く、弱い政府となる
  ②総統選で民進党が勝てたのは、今の蔡英文総裁の対外政策が評価されたことによる
  ③国民党は若者を中心とした民進党への批判票を受け止められず、得票率が漸減傾向にあり、これは党の対外政
   策と民意との間にギャップが生じているためと思われる
 (2)立法院新会期の布陣と現状
   議会では2月から新会期が始まっており、国民党は立法院長・副院長の両方の椅子を獲得、更に各種委員会の
  委員の半数と2名の招集人の内の1名を獲得して、今後発言権が増すと見られる。また、台湾は多くの国と外交関
  係が無くて議員外交に頼るところが多いが、韓国瑜新立法院長は今のところは無難にこなしている。
   一方で現在の民進党政権は、食の安全・中国大陸との往来回復・金門島周辺の事態などで野党の追及を受けて
  おり、頼清徳はかなり厳しい状況の中で新総統に就任することになる。

2.米中台関係への影響
 (1)「蔡英文路線」とはなにか
   蔡英文総統が8年掛けて形成してきた「蔡英文路線」が一番体系的な形で説明されたのが2年前の建国記念日
  における演説であった。その中の重要なエッセンスは二つあり、一つが「中華民国台湾」という考え方。台湾で
  は長らく自分達は中華民国なのか台湾なのかという論争があったが、蔡英文総統はこの論争を止めようと、両者
  の間に優劣をつけず中華民国台湾と呼ぶのが現状ではないかと述べた。
   この立場に立った二つ目のエッセンスが「四つの堅持」で、これは中華民国台湾が中国とどういう関係を持つ
  のかに関する原則を示したもの。この中で重要なことは、中華民国即ち台湾と中華人民共和国は互いに隷属して
  はいないということで、今後のことは台湾の人々の意思によって決めなければいけないということである。
  具体的な対外政策では堅実な外交を掲げ、外交関係保持国数とか国際機関加盟云々は問題視せず、実質的な関係
  を保有する国との関係を重視し、現実を受け入れて中国への刺激を避けるというのが蔡英文路線の特徴。
 (2)頼清徳の対外政策
   頼清徳は元々民主党内で将来を目されたエリートで台湾への思い入れが強く、中国は蔡英文より独立派と見做
  して警戒している。更にアメリカでも、中国を刺激する発言で緊張が高まることを懸念する声が出たことから、
  選挙戦ではこの懸念を払拭すべく蔡英文路線を継承すると言い続けた。その上で掲げた方針が「平和のための四
  大柱」で、これは①台湾の自衛能力の強化、②経済安全保障、③民主主義諸国とのパートナーシップ、④堅実で原
  則主義的な中国との関係、の四つで、最後に前提条件なしでの対話の可能性を排除しない、つまり台湾が中国の
  一部というような条件のないところでしか対話はできないと言っている。
 (3)中国との関係
   中国から見れば自分達の期待に反した候補者が総統に選ばれた訳だが、中国政府が目を付けたのが約40%とい
  う低い得票率で、残りの6割の民意は中国との対話を望んでおり、今後ともこの6割の人々に働きかけるとしてい
  る。選挙結果によっては中国が台湾海峡で大規模な軍事演習を行うのではないかとの心配もあったが、そのよう
  な行動には走らず、これまでの軍事威嚇や外交圧力、経済威圧を続ける一方で、台湾の民意に訴えるような柔ら
  かい政策も行っていくことを示している。
 (4)米国を通じた「台湾問題」の管理
   従来よりアメリカは台湾海峡の平和と安定への懸念を繰り返し中国側に伝えていたが、習近平主席は昨年11月
  の訪米時のバイデン大統領との会談で、2027年までに中国が台湾に侵攻するという話は聞いたことがなくそんな
  計画は承知していない、と述べたと伝えられている。また、その際にアメリカも台湾独立を支持しないことの保
  障を求めたが、バイデン大統領は断ったとも伝えられている。その後も政府高官の電話会談があり、アメリカ側
  は中国に武力行使をしない保障を求め、中国側は見返りにアメリカが台湾独立を支持しないことを求めるのがパ
  ターン化している。これは恐らく台湾の新政権に対する米中双方の不安感によるものであろうし、バイデン政権
  の間に台湾問題への基本的立場を確認しておきたいという双方の思惑があるものと考えられる。

3.日台関係の課題
 (1)国際環境の影響と経済社会関係
   日本にとってかつて台湾は自国が放棄した元植民地という背景があって、台湾を巡る国際政治の形で見た時に、
  それ程積極的には動けないところがあった。その中で1972年には中国と国交正常化をして、台湾に対する基本的
  立場は経済・文化交流のみとなった。以降、その時々の米中台の関係の中で、日本に許されていること、できるこ
  とをやり、米中台いずれともうまくやる方法を探ってきたというのが今までの向き合い方だった。
   しかし、頼清徳の基本方針を見ても、新政権下で中国との緊張はより高まることが予想され、米中間では台湾問
  題でお互い一線を超えないことを確認して関係安定化を図る意図が働き、アメリカが台湾独立に反対して中国政府
  を刺激しないようプレッシャーをかけるということが起きると、台湾の頼清徳政権の日本に対する期待が結構高ま
  るのではないか。ただ、日本から見ると、日本が単独で動くのはハードルが高い。元々、特に1970年代以降、台
  湾の日本に対する期待の方が大きく、日本が十分応えられていないのが現状で、そのギャップが更に広がってしま
  う可能性が高いと思われる。
 (2)二者間の関係=共通の課題への取り組み
   実は日本と台湾の間には共通の課題も多い。例えば中国の安全保障上の脅威だが、軍事安全保障以外の面でも米
  中競争のなかでアメリカの求める事への対応とか、中国との緊密な経済関係の中での経済関係と経済安全保障の両
  立とか、中国からのサイバー攻撃や世論工作への対応などがあり、中国関連以外でも少子高齢化や自然災害への対
  応も共通した課題である。こうした共通の課題に就いては、非政府間の経済・文化関係の枠組みの中で積み上げ方
  式の協力が進んでいる部分もあり、それを今の国際環境に合わせて更に発展させていける余地はあると思う。
   しかし政治的な決断が必要な部分、CPTPPへの台湾加盟とか安全保障対話のような部分はなかなか進んでいな
  い。2021年の日米首脳会談以降、アメリカと立ち位置を揃えて台湾海峡の平和と安定の問題を重要視して欲しい
  という要請に答える形で、日本側からもいろいろな協力の姿勢がみられるが、あくまでも非政府間の関係という枠
  組みを維持したものとなっている。
 (3)双方の内政要因=選挙の影響
   日本と台湾は非政府間の関係で、議員外交に頼るところが多く、属人的な部分が大きいので、選挙や政局の影響
  を受けやすく、今の様に双方の政治情勢が流動的な時期には関係が不安定化する側面がある。
   日本から見ると、台湾で5月20日に発足する新政権の閣僚人事や総統府・国家安全保障会議の人事が発表されて
  いない部分があり、しばらくは様子見の状況が続く。
   一方台湾では、近年の日台関係を推進してきたのは故安倍晋三元首相と考えられており、安倍氏が亡くなり、旧
  安倍派の主要議員が政治資金問題で動きがとれず、岸田政権も不安定で関係を構築し難く、今後誰が台湾との関係
  を推進してくれるのか非常に心配されている。更に最近は国民党が民進党に対して日本に妥協的過ぎると追及する
  場合が多く、議員外交が進めにくくなっている。

○質疑応答
 Q:バイデン政権のウクライナと台湾へのコミットメントの差はどこから生じると考えているか。
 A:アメリカ政府としては台湾有事の際の対応を曖昧にしておりフルコミットメントするとは言っていないが、ウク
  ライナへの関与とは大きく異なるのは事実。これは地政学的重要性が違うし経済的存在感も違うことによる。
 Q:現在東アジアをめぐる軍事バランスが大きく崩れており、綱渡り状態が続いていると思うがどうか。
 A:東アジア各国を個別に見れば軍事バランスは圧倒的に中国に傾いている。それがアメリカとの同盟関係で補わ
  れ、それなりのバランスは保たれているが、中国の軍事的行動を阻止できる程の圧倒的な軍事的優勢があるとい
  う状況ではない。ただ中国も今の戦力と軍の能力で台湾を攻略して占領する力があるのかと言うと、まだ分から
  ないのが現状だと思う。中国としてはこのまま時間を積み重ねていって、最終的に戦争によらずに台湾が自分の
  ところに戻ってくるのが一番理想的なシナリオと考えているのではないか。
 Q:台湾と外交関係を持つ国の減少は、中国の圧力だけでなく相手国の立場にもよるものではないか。
 A:外交関係の減少に関して、相手国によっては中国との経済関係が大事な場合もあれば周辺国と揃っていないと不
  便という場合もある。蔡英文政権の今の立場は、相手国の立場も考え中国とはあまり争わないこと。加えて今は経
  済状況が思わしくなく、外交関係保持にお金を使うのは内政状況からからも難しい。
 Q:台湾という国は、毛沢東に敗れた中国国民党の人々が逃れてきて、台湾の人達を圧政したもので、民主化以降急
  速に支持を失うと思ったが、党名も変えないままなぜ今回復できたのか。
 A:台湾の国民党は2000年の政権交代以降かつてのイメージを払拭して、台湾の人々の現状に寄り添った政党にな
  るよう努力を続けている。議会選挙でも、国民党は二世・三世議員が多いが、若い人達は海外留学経験があり、
  かつてと違いリベラルな政策を主張しているところもあり、名前は国民党だが中味は変わってきていて、台湾の
  人達もそれがわかってきている。
 Q:以前台湾のマスコミの殆どを国民党が押さえていて、だから強いと聞いたが、今でもそれが関係しているか。
 A:今はそれはない。政権がかわると国営メディアのトップも変わり、この8年で既存メディアの多くは民進党寄り
  と言われている。純粋に国民党の影響力だけが及んでいるメディアは一時期より相当減っていると思う。   
                                          (文責:小林一夫)

【Y】第46回ザ・ヤングサロン 「東南アジアをめぐる国際関係と日本」の講演会を開催

 2023年10月22日(日)多摩図書館2階セミナー室にて39名参加の下、第46回The Young Salonを開催。講師として東京国際大学国際関係学部教授小笠原高雪氏(国分寺三田会会員)をお迎えし、首題をテーマにお話し頂きました。
小笠原高雪氏は、S58(1983)年慶應義塾大学法学部政治学科卒、1989年同大学大学院法学研究科博士課程修了、
日本国際問題研究所研究員、シンガポール大学客員研究員、ベトナム社会科学院客員研究員を経て1996年北陸大学法学部助教授、2002年山梨学院大学法学部教授、2022年東京国際大学国際関係学部教授(現職)。わかりやすい説明で理解を深めることができました。また、活発に質疑・討議も繰り広げられました。新型コロナ感染症には万全を期した上で懇親会も実施しました。講演の概要は以下の通りです。

                        記

1.自己紹介
 講師の中高生時代は「激動の七十年代」といわれたとおり、サイゴン陥落、日中平和友好条約締結、米中国交樹立、中越戦争等々、アジア情勢が大きく動いた時代であった。国際問題に関心を抱き、慶應の政治学科に進学し、神谷不二教授のもとで国際政治学を専攻した。

2.東南アジアはどういう地域か?
 東南アジアは文化的に著しく多様な地域である。半島部(大陸部)と群島部(海洋部)とで異なるし、11ヵ国の国別でみても異なるが、一国の内部にも多様性が存在している。たとえばシンガポールは東京23区ほどの広さの都市国家だが、主要民族である中国系、マレー系、インド系の母語に共通語の英語を加えた4つの言語が流通している。こうした多様性の背景には、東南アジアがインド洋と太平洋を結ぶ位置にあり、海上交易をつうじてインド、中国、イスラム、ヨーロッパなどの影響を受けてきた歴史がある。全体を包括する帝国が出現しなかったことも多様性を促した。
 それほど多様性に満ちた東南アジアが果たして一つの地域なのか、という疑問もありうる。実際、国際社会で東南アジアという呼称が公式に使われたのは1943年のSEAC(東南アジア司令部)が最初であり、1954年にもSEATO(東南アジア条約機構)が発足をみた。これらはいずれも、重要な海上航路や天然資源を擁する東南アジアを東アジアの大国に支配させないという英米の戦略の所産であり、その行き着いた先が1960年代後半に本格化するベトナム戦争だった。こうしてみると、東南アジアはもともと、外部から設定された枠組の名称であったことになる。

3.ASEANは何をしてきたか?
 1967年のASEAN(東南アジア諸国連合)の結成は、外部から設定された東南アジアという枠組を、地域の諸国が内部から充足してゆく過程の始まりであった。その背景には、英米の勢力後退により、地域協力の必要性と可能性が高まったという事情があった。1960年代前半のマレーシア紛争はそうした変化の明白な予兆であった。1965年の九・三〇事件を契機としてインドネシアがスカルノの革命路線からスハルトの建設路線に転換すると、周辺諸国はインドネシアを取り込んだ地域秩序の形成へ動き、インドネシアもそれを前向きに受け入れた。ASEANは加盟国が紛争の平和的解決を確認しあうための枠組であり、それによって各国政府は国内開発に専念しうることとなった。
 こうしてASEAN諸国は戦乱にあえぐインドシナ諸国と対照的に近代化の道を歩みはじめ、そこへ日本がODAを集中的に投入した。ASEAN諸国に対し、軍事的にはアメリカが保護を与え、経済的には日本が支援を与えた。日米は冷戦下の東南アジアで実質的な分業を行なったといえる。

4.日本はどう関わってゆくのか?
 以上の状況は1990年代初頭の冷戦終結によって変化するが、それを決定的にしたのが2001年の二つの出来事だった。一つは中国のWTO加盟であり、中国の大国化に弾みがついた。もう一つは9/11事件であり、アメリカはテロとの戦いに多大の精力をとられることとなった。この二つが重なった結果、東南アジアにおけるアメリカと中国の力関係は中国の優位に傾いた。中国の海洋進出、とりわけ南シナ海の軍事化は、そうした変化の結果であった。中国には、東南アジアの相当部分を自国の勢力圏とみなすような歴史観が存在している。東アジアと区別された地域としての東南アジアが存続しうるかどうか、それが再び問われる状況となっている。
 この重大な局面で、ASEANの機能はむしろ低下している。それには冷戦後の加盟国の増加、結成当初の指導者の退場、ミャンマー問題の足かせなどが関係している。とくに中国との関係では、対中依存の大きいカンボジアなどの対外姿勢が、ASEANの一致結束を困難にしている。
東南アジアは現在、中国の「一帯一路」戦略とアメリカの「インド太平洋」戦略とが交錯する舞台となっている。日本はこれまで、経済協力をつうじてASEANの一体性を側面支援することに力を注いできた。日本のODAはASEAN諸国から肯定的な評価を得ており、日本に対する信頼感はきわめて高いといえる。近年の日本はさらに、安全保障協力にも乗り出している。フィリピンとの外務・防衛大臣会合、ベトナムのカムラン湾への艦船寄港などがその例である。
 日本と東南アジア諸国とが協力しうる分野は、以上に尽きるものではない。とりわけ防災減災、省エネ技術、高齢化対応などでは、課題先進国としての日本は東南アジア諸国に提供できる多くのものをもっている。高齢化は東南アジア諸国でも始まっているが、日本はとくに深刻であり、社会の国際化をさらに進めなければ国際競争力を維持できないことが明白となっている。そうした点では、多様性に満ちた東南アジアの諸経験から、日本は多くのことを学べるであろう。

5.質疑応答
・ASEANの全会一致の進め方の限界について、ミヤンマー、カンボジア、ラオスの加盟の是非はどうか?
 ⇒ASEANの拡大にはメリットもあったがデメリットもあった。多数決方式も一部で試行されているが、主権尊重、
  内政不干渉、コンセンサス重視の基本は変わっていない。
・インド太平洋と日本、東南アジアの安全保障について、今後の見通しは?
 ⇒安全保障ではASEANへの大きな期待はできない。日米同盟に加えてQUAD(日米豪印安保協力)などを活用して
  の抑止力の強化がさしあたり現実的であろう。
・ODAにおけるインドネシアについて、新幹線建設を事例に中国の台頭を懸念。
 ⇒ASEAN諸国はいずれも自国の国益が最優先であるし、国益以上に政権の利益が優先されるケースも少なくない。
  中国はそこを巧妙に突いてくるので対応は容易でない。
・ミヤンマーを事例に国家のありかたについて「人と人」の個人的繋がりでは隔たりがないが、国になると紛争が起こ
 る。日本は「人と人」のつながりを大切にしてはどうか?
 ⇒人間は集団を作るものだが、地球規模の集団は現実的でなく、複数の集団の共存となる。そして集団と集団の間で
  は、組織目標の相違からくる競争や対立を避けられない。人と人の関係は大切にすべきだが、それで国家間の競争
  や対立が解消することはないであろう。司馬遼太郎の南ベトナム旅行記である「人間の集団について」はそうした
  問題を考えるうえで参考になると思う。                              以上

【Y】第45回ザ・ヤングサロン 社会に目を向けよう「SDGsに関する慶應義塾中等部の取組み」を開催

2023年7月16日(日)多摩図書館2階セミナー室にて22名参加の下、第45回The Young Salonを開催。講師として慶應義塾中等部教諭中村宜之氏(SDGs推進担当)をお迎えし、首題をテーマにお話し頂きました。中村教諭は、2000年に塾理工学部応用化学科を卒業、中等部の非常勤教諭を勤めながら、早稲田大学教育学部教育学科専攻を2002年に卒業され、2002年4月から中等部理科教諭、現在はラグビー部顧問、SDGs委員長、3年生の担任もされています。新型コロナ感染症には万全を期した上で懇親会も実施しました。講演の概要は以下の通りです。
                     記
1.中等部とSDGs
慶應義塾中等部(以下中等部)は戦後日本の体制が変わった1947年に慶應義塾初めての男女共学の一貫校として開校。当時の先生方がなるべく自由な空気をと考えたことから今でも風通しのいい教育を考えている。
私は中等部で2年間の非常勤講師を経て2002年に常勤教諭となったが、当時の中等部部長(学校長)であった法学部平良木教授が環境先進国ドイツの状況を見て、中等部も環境問題に取り組むべきと考え、私をISO14001取得委員長に任命。苦しみながらも環境教育を題材として2005年にISO14001の認証を取得。しかしISOは実際の授業との関りが少なく、もっと実践的なものを模索していた。
2019年5月学校林のある岡山県真庭市を訪問。真庭市は間伐材を使ったバイオマス発電で町の電力を賄うなど官民一体で山の町の良さをSDGsの視点から捉え直し、日本初のSDGs未来都市に選ばれていた。ここでSDGsに感銘を受け、更に日本のSDGsの第一人者で慶應義塾大学大学院の蟹江教授より、2015年に国連で採択されたSDGsが日本で全然広まっておらず、子供たちが学校で学んでいくなかにSDGsが無いと実現できないので、中等部で扱うのであれば一緒にやりたいという話を伺い、2020年4月に3年生の選択授業として「SDGsのすゝめ」を開講。これに現中等部部長井上さんが興味をもち、木造案を含む校舎建替えの検討に絡めてSDGsのゴールである2030年の更に先まで繋がるテーマで校舎のことを考えようと、2020年11月のSDGs宣言に至った。

2.選択授業「SDGsのすゝめ」
初の教科横断の試みで、理科の私・社会科の足立さん・大学院の蟹江教授の3名で11人の生徒をみている。主な授業内容は①中等部のSDGs分析、②講演会・外部講師授業、③近郊見学
①中等部のSDGs分析
SDGsの17の目標、169のターゲットに対して自分達が関わっている18項目を選定、電気・ガス・水の節約とか基準服(制服)のリユース、学校林の間伐材の利用、寄附付き商品の考案、募金といった活動がどんな影響を持つか、環境問題をはじめ社会・経済問題にどこまで関わっていくかを子供達と一緒に考えて一覧表を作成。社会問題・経済問題・環境問題がSDGsの3つの柱だが、この表で中等部の活動は経済問題がやや薄いものの大体どの問題にも関わっているのがみえてくる。
トレーサビリティの考察では岡山の学校林の木材を使ったリサイクルボックスに関して、苗を植え、木を育て、伐採、製材、製作するまでがSDGsの169のターゲットのどれに該当するかを分析してもらった。また、自分達が使っている机やノート或いは販売しているペンケースやバッグがどこから来てどこに行くのかを分析するという作業をしたが、数多くのものをこうやって見るのは無理で、そこで出てくるのが認証制度の話。以来子供達も認証制度の大事さを理解し、お菓子やトイレットペーパーや包装紙の認証に興味を持つようになった。
②講演会・外部講師授業
いろいろな講演会で特に衝撃的だったのは、バリ島で各種事業をされていて社会問題を解決する為のプロジェクトに資金援助をしているEarth Companyの濱川知宏氏で、濱川氏からは逆に中等部はどれくらいエコな学校かと聞かれた。何もできていない実情を打ち明けると、それに気づけたならいいのではないか、この後中等部がどうなっていくかを今度聞かせて欲しい、と言われた。
アパレルブランドCLOUDY代表銅冶勇人氏はアフリカ旅行中に見たスラム街にショックを受け、現地のろうけつ染め布地を製品化して販売、売上の10%をアフリカへの寄付とし学校建設などに取り組んでいる。銅冶氏には、ただお金をあげればいいのではなくその先をしっかり見て欲しいという講演をしてもらった。これらの講演に触発されて始めたのがブランケットの作成やアフリカの布地を使ったペンケース・バッグの作成で、当初中国の工場で製造していたが、子供達の意見を基に現地製に切り替えた。
山櫻の市瀬社長にも講演を依頼した。同氏はSDGs最先進国のスウェーデンを度々訪問、EVが道路を走るだけで充電できるインフラを作っている等の最新情報を中等部に教えてくれている。
また、2020年に朝日新聞よりSDGsを広める為に英語で書かれている169のターゲットを日本語版とし、子供達のアイデアでキャッチコピーを作って欲しいとの話があり、最終的に慶應中等部・青山学院中等部など数校かの生徒が中心となって取り組み、横浜で発表会が行われた。
③近郊見学
中等部の近郊見学として、Apple銀座のビル内部の木質化、GINZA SIXの木質化と屋上庭園、松屋銀座のSDGs関連商品、ユニセフハウスの見学を実施。ユニセフハウスで「この地球は先祖からゆずり受けたものではない。未来の子どもたちから借りているものだ」との言葉に接して意識が変わったという子どももいた。今年は、カポックという植物の種の周りの羽毛のような綿を植物由来の原料として利用しようとしている宮下パークにある会社を訪問、実際のカポックの綿を使ったコートを見せてもらった。

3.学校行事
①遠足
江の島の海岸にゴミ拾いに行った。“面白いゴミコンテスト”を実施、また拾ったマイクロプラスチックを使って“KEIO75”の文字を作り、秋の展覧会に展示した。
“海のゴミは川から、川のゴミは街から、街のゴミは人の心から”(現地のキャッチコピーより)
②林間学校
昨年の林間学校は南三陸となった。宿泊したホテルが分水嶺に囲まれ片方が海であとの三方が山。その山に降った雨はすべて志津川湾に流れ込む。ここは暖流と寒流がぶつかる海藻が豊かな地域でラムサール条約湿地に登録されており、牡蠣の養殖が盛んでもある。
ここの山はFSC認証を取ってしっかりした管理がなされており、海はASC認証という養殖の国際認証を取っている。そんな地域に学校林があり、学校林を訪れながら現地のことを学ぼうと、海水で塩造りをしたり海藻で押し葉を作り、栞や葉書作りを体験してきた。
3日前にほかの学年が南三陸に行ってきたばかりで、最終日には語り部バスに乗って震災学習もしたとのことで、ちょっと遠くて費用もかかるが学習には最適な場所と思うし、この先も残せたらいいと思う。
③75周年講演会
75周年講演会では、中等部生二組の講演に続き、蟹江教授と元NHKクローズアップ現代のキャスターを務めていた国谷SFC特任教授のお二人にSDGsの講演をしていただいた。

4.学校林
日本全国に160haの学校林があり、我々が行っているのは西端の岡山落合の森と東端の南三陸志津川の森。
岡山にはブランドとして美作ヒノキが、南三陸には南三陸スギと、それぞれいいところがある。
岡山では結構活動していて、カラマツ・広葉樹それぞれの場所で間伐をしたり、北欧の教育プログラムであるLEAFプログラムに沿って葉っぱの匂いを嗅いだり触ってみたり、目をつむって何が聞こえるか感じてみたりして、最終的には森の役割は何かということをインストラクターが導いてくれるというようなことをやってきた。また今年の春に75周年の植樹として三重のヒノキを植林してきた。9月には生徒達と一緒に下草刈りに行く予定。
南三陸は学校林を含めてすべてFSCの森になっており、その認証を受けた南三陸スギでベンチや教卓を作ってもらった。この教卓は18校の教室すべてに置いてある。

5.教科などの取り組み
各教科の取り組みということで、家庭科・理科・美術科・選択授業等々それぞれが協力してやってくれている。家庭科では生ゴミをコンポストで堆肥化、理科では家庭の生ごみをミミズコンポストで液肥化、ミツバチの飼育と観察・環境づくりと蜂蜜搾り、美術科では環境漫画家の方の講演でポスター制作に関するアドバイスをもらい169のターゲットから一つを選んでポスターを作った。
選択授業で、書道の先生が新しくできた慶應義塾ミュージアムコモンズとのコラボレーションにより芸術とSDGsという視点で研究されている。
あと、これからの夏休みに地理研究会・社会研究会と一緒に岡山に行く計画を立てており、また料理と手芸の会が自分達で作ったお菓子をプラスチックではなく紙の包装で配ろうとしている。

以上が中等部のSDGsへの取り組みで、この先少しづつできる範囲でやっていこうと思っている。

質疑応答
Q:中等部の段階でこれまでSDGsを実施されているのは感動した。特に169のターゲットの表、チェック指標があそこまでやられているのは驚き。ただ、先生がおっしゃった通り政治・経済がらみのチェックが少なく、環境関連にチェックが多く入っている。近代化は開発と環境の戦いで、先進国イコール工業化は疑いのないコンセプトであり、日本を含む先進国は環境破壊をやってきた。開発と環境は政治・経済がらみになることが多いが、この問題を中等部の段階でどう説明されているかいないのか伺いたい。
A:自分達が言うより、実際に社会に出て、ある業界の人から裏話も含めた業界の実情を話してもらい、いろいろな仕組みを知ってもらってどう考えるかと問いかけていくのが中学でできる精一杯のところ。実際に子供達は周りに目を向けられるようになってきており、それがこれまでの課題を解決する一つの要因になるのではないかと感じている。

 

 

 

 

【Y】第44回ザ・ヤングサロン「みんなで考えよう!「ODAと国益」」を開催

 2023年4月23日(日)、多摩図書館2階セミナー室にて44名参加の下、第44回The Young Salonを開催しました。講師は国分寺三田会会員であり1967年法学部政治学科卒業の榎下信徹さんをお迎えし、「みんなで考えよう!「ODAと国益」」というテーマで講演して頂きました。コロナ感染症対策については国分寺三田会感染症対策方針に基づき「新型コロナ感染症対策推奨事項」をお願いし開催しました。また懇親会を3年ぶりに中華料理店「浜木綿」にて実施しました。ザ・ヤングサロンとして講演会と懇親会を開催することができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。講演の概要は以下の通りです。
                          記
第44回ザ・ヤングサロン講演会
    テーマ:みんなで考えよう!「ODAと国益」
                                             講師 榎下信徹
1.講師紹介
  榎下信徹さん、1943年生まれ。1967年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。国際協力機構(JICA)入団後、中南米
  部長、国際緊急援助隊事務局長等の要職を歴任。海外では、メキシコ、コロンビア、パラグアイの各事務所長を経
  験。2003年退職後、専門技術役(準役員・嘱託待遇)として5年間、主に海外調査
  に従事し、計102カ国を訪問。スペイン語通訳案内士。
  現在でも開発途上国の発展のため、国際協力活動の第一線としてご活躍。
2.はじめに
  昨年11月にJICA企画部長の原昌平氏よりJICAの話があった。今回は実践的な話をして欲しいとの要請を請けた。
  そこで、「みんなで考えよう!『ODAと国益』」と題し、より実践的な話をする。2008年にJICAを離れたの
  で、現在のJICAに即しているか分からない点もあるが、自分が経験したことをベースにいろいろな視点から話を
  する。
3.講演主旨
(1)ODAと国益
 ①ODA予算の概要 予算は円借款、技術協力、国際機関への拠出金で構成されている。予算額は1997年をピーク
  (11,000億円)とし、現在は半減(5,500億円)している。ODA予算は概ね、国の税収次第で増減する。
  つまり、日本の景気が悪いと予算も減る。
 ②ODA(JICA)変遷の主な出来事 1954年コロンボプラン加盟でODAが開始された。当時の日本人の平均年収
  は約75万円位、当時のフィリピン同等と貧しかったが、戦争への贖罪意識もあり、ODAを開始した。その背景
  には1949年から15年間、ユニセフが日本の児童に脱脂粉乳を提供してくれた援助等に対する感謝の念もある。
  1964年、東京オリンピックが開催されるが、新幹線、東名高速道路などの基幹インフラは、世界銀行の借款で賄
  われ、その完済は1990年であった。その後、エコノミックアニマルと揶揄された日本人の働きぶりは、1979年
  「Japan as NO1」と称されるまでに至る。この背景は円高の恩恵をもたらし、我が国が10年間、ODAトップド
  ナーとして君臨した軌道と符合する。しかし、わが国の傲慢な経済進出はアジア諸国の反日感情を招き、その政策
  を修正させられ、1989年頃からは、バブル崩壊に陥る。
  1997年の湾岸戦争では、わが国は130億円を拠出したが、被援助国のクウェートからは一片の返礼も無く、人の
  派遣、つまり「顔」の見える援助の重要性を認識させられた。これが自衛隊の海外派遣法の改正につながる。
  2003年に緒方貞子氏がJICA理事長に就任し、新しい援助のコンセプトとして「人間の安全保障」が導入され、従
  来の「国家」の視点から「個人」をベースにした案件の重要性が認識された。
 ③ODAのツール化(序)
  2003年、ODA大綱に初めてODAが「外交のツール」として、国益を守る有力な手段と謳われた。
 ④「ODAの課題と国益」の連関概念図
  縦軸に「案件の課題が人道・地球規模か、あるいは二国間関係の領域に属するか」、横軸に「案件の援助国と被援
  助国の裨益度の度合い」を作り、各案件が図中の縦横のどの位置を占めるかを示した。
 ⑤国益の解釈 ODA大綱が2015年に「政府開発援助大綱」から「「開発協力大綱」に改名され、協力
  (Co-operation)の主役(Operation)が被援助国であることを明確にし、自助努力による自立発展の重要性を
  謳った。2023年5月に予定されている改定案では、中国の膨張政策やロシアのウクライナ侵攻などを踏まえて、
  従来の「要請主義」に加え、「提案型」を掲げ、ツールとして相手国の要請を待たずに政治的に活用することを謳
  う予定。
 ⑥グローバリゼーションと国益 グローバルゼーションは世界を小さくしたが、国情と各国の相関性を際立たせ、国
  益のコンセプトを鮮明にした。WTOや国際機関の現状にその傾向が読み取れる。
 ⑦グローバリゼーションとODA(開発課題の例証) 「貧困」は援助の主要テーマであり、コンセプトとして「人
  間の安全保障」をベースにしている。一般に協力案件は相手側とまず、「課題別ツリー」を描き、枝に課題となる
  現状の諸問題を並べ、その各枝の問題解決の優先度を付け、案件を選定する。次に、特定された案件の問題分析と
  解決策を協議し、そのアウトプットは目標・成果(指標を含む)・活動・投入(ヒト、モノ、カネ)を策定したプ
  ロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)に反映され、両者が合意署名する。しかし、貧困削減の課題は、
  その枝となる問題のセクターが広範過ぎて、特定が難し
  く、二国間の協力の案件策定は容易ではない。更に、この解決のアプローチは本来、住民参加型で取り組むことが
  理想であるが、広く面的な削減を図るには諸々の物理的な限界がある。やはり、国のマクロな指標とのバランスが
  必要不可欠であり、解決には国の自助努力が一義的に必要不可欠である。かように地球規模とされる課題を、二国
  間のみの協力で対応した場合、持続性のない一過性の人道的慈善事業に終わる危険性を孕む。
 ⑧メキシコへの援助に当たって思うこと(結び)
  援助が貧困を優先課題とするのであれば、論理としてアフリカ諸国の優先度が圧倒的に高くなる。しかし、OECD
  加盟国でもあるメキシコを、協力の対象とするのは別の論理からである。それは、ODAの外交ツールとして、国
  益の概念に多様性があり、両国にとって「経済益」が高いからである。私が昨年まで参加した「自動車産業関連
  プロジェクト」は、市場経済のグローバリゼーションの中、まさに双方がWIN-WINの関係に在り、その経済益を
  享受できる案件であった。上述した貧困削減の成果、謂わば「地球益」とは対極の概念に位置するかも知れない。
*まだまだ話したい事、聴きたい事が沢山あったが、時間が来たためここで講演終了となった。
                                          (文責・写真:青木)