【Y】第47回ザ・ヤングサロン 「ポスト蔡英文政権期を迎える台湾の国際関係」の講演会を開催

2024年4月21日(日)多摩図書館2階セミナー室にて42名参加の下、第47回The Young Salonを開催。法政大学法学部国際政治学科教授福田円氏(政策・メディア博士)を講師にお迎えし、首題をテーマにお話しいただきました。福田教授は2003年国際基督教大学教養学部国際関係学科卒で、2008年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科を単位取得退学、2011年に博士号を取得されています。講演の概要は以下の通りです。
                       記
1.台湾の総統・立法委員選挙
 (1)選挙結果とその意味
   投票率は71.86%と、戸籍地に戻らないと投票できないという制約の中で、前回より下がったとはいえ高い数
  字。総統選挙の得票率:民進党・頼清徳40.05%、国民党・候友宜33.49%、民衆党・柯文哲26.46%、立法委員
  選挙での獲得議席:国民党52、民進党51、民衆党8、その他2、 この結果から言えることは、
  ①民進党が3期続けて政権を継続するが、得票率が低く議会での単独過半数を失っていることから、民意や野党の
   プレッシャーが強く、弱い政府となる
  ②総統選で民進党が勝てたのは、今の蔡英文総裁の対外政策が評価されたことによる
  ③国民党は若者を中心とした民進党への批判票を受け止められず、得票率が漸減傾向にあり、これは党の対外政
   策と民意との間にギャップが生じているためと思われる
 (2)立法院新会期の布陣と現状
   議会では2月から新会期が始まっており、国民党は立法院長・副院長の両方の椅子を獲得、更に各種委員会の
  委員の半数と2名の招集人の内の1名を獲得して、今後発言権が増すと見られる。また、台湾は多くの国と外交関
  係が無くて議員外交に頼るところが多いが、韓国瑜新立法院長は今のところは無難にこなしている。
   一方で現在の民進党政権は、食の安全・中国大陸との往来回復・金門島周辺の事態などで野党の追及を受けて
  おり、頼清徳はかなり厳しい状況の中で新総統に就任することになる。

2.米中台関係への影響
 (1)「蔡英文路線」とはなにか
   蔡英文総統が8年掛けて形成してきた「蔡英文路線」が一番体系的な形で説明されたのが2年前の建国記念日
  における演説であった。その中の重要なエッセンスは二つあり、一つが「中華民国台湾」という考え方。台湾で
  は長らく自分達は中華民国なのか台湾なのかという論争があったが、蔡英文総統はこの論争を止めようと、両者
  の間に優劣をつけず中華民国台湾と呼ぶのが現状ではないかと述べた。
   この立場に立った二つ目のエッセンスが「四つの堅持」で、これは中華民国台湾が中国とどういう関係を持つ
  のかに関する原則を示したもの。この中で重要なことは、中華民国即ち台湾と中華人民共和国は互いに隷属して
  はいないということで、今後のことは台湾の人々の意思によって決めなければいけないということである。
  具体的な対外政策では堅実な外交を掲げ、外交関係保持国数とか国際機関加盟云々は問題視せず、実質的な関係
  を保有する国との関係を重視し、現実を受け入れて中国への刺激を避けるというのが蔡英文路線の特徴。
 (2)頼清徳の対外政策
   頼清徳は元々民主党内で将来を目されたエリートで台湾への思い入れが強く、中国は蔡英文より独立派と見做
  して警戒している。更にアメリカでも、中国を刺激する発言で緊張が高まることを懸念する声が出たことから、
  選挙戦ではこの懸念を払拭すべく蔡英文路線を継承すると言い続けた。その上で掲げた方針が「平和のための四
  大柱」で、これは①台湾の自衛能力の強化、②経済安全保障、③民主主義諸国とのパートナーシップ、④堅実で原
  則主義的な中国との関係、の四つで、最後に前提条件なしでの対話の可能性を排除しない、つまり台湾が中国の
  一部というような条件のないところでしか対話はできないと言っている。
 (3)中国との関係
   中国から見れば自分達の期待に反した候補者が総統に選ばれた訳だが、中国政府が目を付けたのが約40%とい
  う低い得票率で、残りの6割の民意は中国との対話を望んでおり、今後ともこの6割の人々に働きかけるとしてい
  る。選挙結果によっては中国が台湾海峡で大規模な軍事演習を行うのではないかとの心配もあったが、そのよう
  な行動には走らず、これまでの軍事威嚇や外交圧力、経済威圧を続ける一方で、台湾の民意に訴えるような柔ら
  かい政策も行っていくことを示している。
 (4)米国を通じた「台湾問題」の管理
   従来よりアメリカは台湾海峡の平和と安定への懸念を繰り返し中国側に伝えていたが、習近平主席は昨年11月
  の訪米時のバイデン大統領との会談で、2027年までに中国が台湾に侵攻するという話は聞いたことがなくそんな
  計画は承知していない、と述べたと伝えられている。また、その際にアメリカも台湾独立を支持しないことの保
  障を求めたが、バイデン大統領は断ったとも伝えられている。その後も政府高官の電話会談があり、アメリカ側
  は中国に武力行使をしない保障を求め、中国側は見返りにアメリカが台湾独立を支持しないことを求めるのがパ
  ターン化している。これは恐らく台湾の新政権に対する米中双方の不安感によるものであろうし、バイデン政権
  の間に台湾問題への基本的立場を確認しておきたいという双方の思惑があるものと考えられる。

3.日台関係の課題
 (1)国際環境の影響と経済社会関係
   日本にとってかつて台湾は自国が放棄した元植民地という背景があって、台湾を巡る国際政治の形で見た時に、
  それ程積極的には動けないところがあった。その中で1972年には中国と国交正常化をして、台湾に対する基本的
  立場は経済・文化交流のみとなった。以降、その時々の米中台の関係の中で、日本に許されていること、できるこ
  とをやり、米中台いずれともうまくやる方法を探ってきたというのが今までの向き合い方だった。
   しかし、頼清徳の基本方針を見ても、新政権下で中国との緊張はより高まることが予想され、米中間では台湾問
  題でお互い一線を超えないことを確認して関係安定化を図る意図が働き、アメリカが台湾独立に反対して中国政府
  を刺激しないようプレッシャーをかけるということが起きると、台湾の頼清徳政権の日本に対する期待が結構高ま
  るのではないか。ただ、日本から見ると、日本が単独で動くのはハードルが高い。元々、特に1970年代以降、台
  湾の日本に対する期待の方が大きく、日本が十分応えられていないのが現状で、そのギャップが更に広がってしま
  う可能性が高いと思われる。
 (2)二者間の関係=共通の課題への取り組み
   実は日本と台湾の間には共通の課題も多い。例えば中国の安全保障上の脅威だが、軍事安全保障以外の面でも米
  中競争のなかでアメリカの求める事への対応とか、中国との緊密な経済関係の中での経済関係と経済安全保障の両
  立とか、中国からのサイバー攻撃や世論工作への対応などがあり、中国関連以外でも少子高齢化や自然災害への対
  応も共通した課題である。こうした共通の課題に就いては、非政府間の経済・文化関係の枠組みの中で積み上げ方
  式の協力が進んでいる部分もあり、それを今の国際環境に合わせて更に発展させていける余地はあると思う。
   しかし政治的な決断が必要な部分、CPTPPへの台湾加盟とか安全保障対話のような部分はなかなか進んでいな
  い。2021年の日米首脳会談以降、アメリカと立ち位置を揃えて台湾海峡の平和と安定の問題を重要視して欲しい
  という要請に答える形で、日本側からもいろいろな協力の姿勢がみられるが、あくまでも非政府間の関係という枠
  組みを維持したものとなっている。
 (3)双方の内政要因=選挙の影響
   日本と台湾は非政府間の関係で、議員外交に頼るところが多く、属人的な部分が大きいので、選挙や政局の影響
  を受けやすく、今の様に双方の政治情勢が流動的な時期には関係が不安定化する側面がある。
   日本から見ると、台湾で5月20日に発足する新政権の閣僚人事や総統府・国家安全保障会議の人事が発表されて
  いない部分があり、しばらくは様子見の状況が続く。
   一方台湾では、近年の日台関係を推進してきたのは故安倍晋三元首相と考えられており、安倍氏が亡くなり、旧
  安倍派の主要議員が政治資金問題で動きがとれず、岸田政権も不安定で関係を構築し難く、今後誰が台湾との関係
  を推進してくれるのか非常に心配されている。更に最近は国民党が民進党に対して日本に妥協的過ぎると追及する
  場合が多く、議員外交が進めにくくなっている。

○質疑応答
 Q:バイデン政権のウクライナと台湾へのコミットメントの差はどこから生じると考えているか。
 A:アメリカ政府としては台湾有事の際の対応を曖昧にしておりフルコミットメントするとは言っていないが、ウク
  ライナへの関与とは大きく異なるのは事実。これは地政学的重要性が違うし経済的存在感も違うことによる。
 Q:現在東アジアをめぐる軍事バランスが大きく崩れており、綱渡り状態が続いていると思うがどうか。
 A:東アジア各国を個別に見れば軍事バランスは圧倒的に中国に傾いている。それがアメリカとの同盟関係で補わ
  れ、それなりのバランスは保たれているが、中国の軍事的行動を阻止できる程の圧倒的な軍事的優勢があるとい
  う状況ではない。ただ中国も今の戦力と軍の能力で台湾を攻略して占領する力があるのかと言うと、まだ分から
  ないのが現状だと思う。中国としてはこのまま時間を積み重ねていって、最終的に戦争によらずに台湾が自分の
  ところに戻ってくるのが一番理想的なシナリオと考えているのではないか。
 Q:台湾と外交関係を持つ国の減少は、中国の圧力だけでなく相手国の立場にもよるものではないか。
 A:外交関係の減少に関して、相手国によっては中国との経済関係が大事な場合もあれば周辺国と揃っていないと不
  便という場合もある。蔡英文政権の今の立場は、相手国の立場も考え中国とはあまり争わないこと。加えて今は経
  済状況が思わしくなく、外交関係保持にお金を使うのは内政状況からからも難しい。
 Q:台湾という国は、毛沢東に敗れた中国国民党の人々が逃れてきて、台湾の人達を圧政したもので、民主化以降急
  速に支持を失うと思ったが、党名も変えないままなぜ今回復できたのか。
 A:台湾の国民党は2000年の政権交代以降かつてのイメージを払拭して、台湾の人々の現状に寄り添った政党にな
  るよう努力を続けている。議会選挙でも、国民党は二世・三世議員が多いが、若い人達は海外留学経験があり、
  かつてと違いリベラルな政策を主張しているところもあり、名前は国民党だが中味は変わってきていて、台湾の
  人達もそれがわかってきている。
 Q:以前台湾のマスコミの殆どを国民党が押さえていて、だから強いと聞いたが、今でもそれが関係しているか。
 A:今はそれはない。政権がかわると国営メディアのトップも変わり、この8年で既存メディアの多くは民進党寄り
  と言われている。純粋に国民党の影響力だけが及んでいるメディアは一時期より相当減っていると思う。   
                                          (文責:小林一夫)