演題『イノベーティブ福祉国家の可能性』(日本の今後進むべき道への提言)
2025年11月30日(日)多摩図書館2階セミナー室にて35名参加の下、第54回The Young Salonを開催しました。 専修大学経済学部教授徐一睿氏を講師にお迎えし、上記演題をテーマにお話しいただきました。 徐一睿氏は2003年慶應義塾大学経済学部卒、修士、博士課程、助教を経て現職に就かれており、専門は財政学と中国経済論です。講演の概要は以下の通りです。
惑星的思考と財政ポピュリズムの時代
現在、給料が増えても税金と社会保険料で手取りが増えないという不満が、特に若年層を中心に広がっている。今年の参院選挙がらみで、SNS上では今すぐ減税、消費税廃止といった主張が大きな支持を集めており、或いは外国人は帰れというような短い字数や動画で語られる単純化された経済議論が蔓延している。更に格差のスピードも非常に速い。このような状況を財政ポピュリズムと呼んでいる。
経済成長なしでは選択肢は2つしかなく、1つは分配の変更を拒否し現状維持を続けることだが、これは若年層に許してもらえない。もう1つは財政ポピュリズムに陥って持続不可能な
約束を乱発し、集合的経済行為を機能不全にすること。この袋小路を打破する第三の道としてイノベーション主導型の新しい福祉国家モデルを提唱したい。
理論的枠組み:イノベーティブ福祉国家とは何か
20世紀の福祉国家はケインズ経済学に基づくケインズ型福祉国家で、政府が総需要を管理し、景気を安定化させ、所得再分配によって格差を是正し、完全雇用を追求する政策体系だが、1970年代以降こうしたモデルの限界が見えてきた。最大の問題は成長と福祉のトレードオフで、そこで出てくるのが“XXファースト”の考えで、日本はこの問題が特に深刻になっている。
これに対して、21世紀の福祉国家モデル即ちシュンペーター型福祉国家と呼ばれるものへの転換を考えなくてはならない。その特徴は3つあり1つ目は供給サイドへの積極的介入、2つ目はイノベーション促進による生産性の向上、3つ目が人的資本への戦略的投資で、教育・研究開発・職業訓練に重点的に投資してイノベーションを起こせる人材を育成していくもの。
イノベーティブ福祉国家の核心は、福祉支出をコストではなく人的資本への投資と位置付けることにあり、さらに重要なのは柔軟な労働市場と手厚いセーフティーネットの両立。これは一見矛盾するようだが中国やデンマークでは成功している。
国際比較:成功モデルの分析
中国の理科系の大学卒業生は現在年間470万人、1999年以降の累計教育投資は30兆元、高等教育進学率は75%に上る。この大規模な教育投資の具体的成果が太陽光パネル産業やレアアース、特に重希土類の精錬技術、電気自動車、AI技術、電子通信などである。これらの成果を支えるものとして財政メカニズムが極めて重要で、中国は条件付きの成果連動型の補助金システムを活用し、効率的な資金管理を実現している。また、地方政府間の教育支出競争により投資を加速させている。さらに、政治選抜トーナメント方式など、あの手この手を使って地方の人材を育てている。
デンマークは、九州の半分ほどで人口600万人の小国ながら、経済パフォーマンスは驚くべきものがある。生産年齢人口当たりのGDPはアメリカを上回り、大学進学率は85%で完全無償化の上、生活費が支給される。その成功の要因は柔軟な労働市場にあり、セーフティーネットがしっかりしていることから解雇規制が極めて緩く、年間30%が転職する。また、産業財団による研究開発投資も要因の一つである。
日本の現状と課題
日本の名目GDP成長率は過去30年間ほぼゼロで、労働生産性はOECD加盟国中21位。このような停滞が続いた主な要因は教育・研究開発投資の軽視にある。参院選挙後の状況を見ても、SNSでは今すぐ配るという論調が支配している。日本の政治が財政ポピュリズムの罠にはまってしまっており、非常に厳しい状況にある。
更に、世界環境も悪化している。米中技術覇権競争、まさに覇権国と新興国の対立が激化する中で、日本は相当微妙な立場に置かれている。
こうした中で日本が持つ強みは何か。自分はそれを不可欠性の権力と呼んでいる。日本が半導体サプライチェーンにおいて、なくてはならない存在であることをアピールし続けていかなくてはならない。例えばフォトレジスト等の半導体材料の世界シェアは70%で、こういうものを中国にもっと使ってもらわねばならない。ここが一旦途切れると、中国国内産のものが一気にシェアを奪っていく。アメリカからは対中輸出規制への協力を、中国からは市場へのアクセスの維持を要請され、その圧力の中で日本の自立性確保という難しい課題に直面している。
日本版イノベーティブ福祉国家への提言
最後に日本版イノベーティブ福祉国家への提言をしたい。それは5つの戦略的改革で、①労働市場改革、②教育投資の抜本的拡大、③研究開発促進税制の強化、④中間団体の育成、⑤地域イノベーション拠点強化、すべてごく当たり前のことである。
改革の実行には財源が必要だが、まず現在福祉目的税である消費税に教育目的を加える、金融所得税の強化、炭素税導入およびデジタル課税で、計年間10兆円規模の財源となる。
この改革を一気に実施するのではなく、第一段階でパイロット事業及び特定地域での実証、第二段階で成功モデルの全国展開、第三段階で本格的構造転換によるGDP成長率2%の達成、第四段階でアジアモデルを確立し国際展開を行う。これを達成しないと日本は沈没する。
対話による未来への投資
日本は強みを生かしながら独自モデルを構築すべきで、何と言っても非常に高い技術水準を基底としており、ここに人材の質的向上、さらに地政学的地位を生かした第三極戦略、社会的信頼と安定性を生かした斬新的改革を進めるべき。
東京大学の神野直彦教授が「分かち合いが社会をより豊かにする」という理念を提示しているが、この「分かち合い」は教育投資を通じて人的資本を育成し、その人材がイノベーションを生み新たな富を創造することで、新たな富が社会全体で分かち合われ、さらなる教育投資が可能となる。この好循環こそが「分かち合いの経済」の21世紀的展開である。
教育とイノベーションを通じた「分かち合いの成長」こそが日本の進むべき道である。
質疑応答
Q:最近日本の研究者は中国に行かないとの指摘があったが、行けない理由が有るのではないか。現在中国では研究者の間でどのくらい自由な発言ができるのか。
A:監視国家は怖いと皆が言うから自分も怖いと思うが、実際に逮捕されたのは一線を越えた人達で、言っているほど怖くはない。中国の先生達とは政治関連でも自由な発言ができる。
Q:中国では国家の補助で過剰生産となっているのではないか。供給過剰であってもGDPに寄与する需要が足りないのではないか。民間投資が伸びない中で、今後の中国の経済成長にどのような見通しをもっているか。
A:中国はまさに需要が衰退している局面にある。政府の政策はGDPを増やすにはいいが、雇用の促進にはあまり役立っていない。自分の考える一つの解決策は、この数年で4倍に増えた国営企業の利益を国民に再分配すること、つまり国民が株主となって配当を再分配する仕組みができないか。今まで供給サイトに力を入れてきたが、今後需要サイトに再分配を行うことで、消費をヒートアップさせることが期待できるのではないか。
熱弁を振るう徐教授 日本への提言を聴入る参加者

