【Y】第40回ザ・ヤングサロン講演会「ウクライナ侵略後のロシア東欧」を開催しました。

 2022年7月17日(日)、都立多摩図書館にて54名参加の下、第40回The Young Salonを開催、講師として元
外交官の角崎利夫氏お迎えし、お話し頂きました。コロナの第七波が押し寄せつつあるなか、感染対策には万
全を期した上で対面での講演会でした。また懇親会の実施は見送りました。ロシアのウクライナ侵攻が続いて
いる中、とても有意義な集いとなりました。講演の概要は以下の通りです。

                      記
第40回ザ・ヤングサロン講演会
               テーマ:ウクライナ侵略後のロシア東欧
                                     元外交官 角崎 利夫氏
講師紹介
 1972年東京大学法学部を卒業後、外務省に入省。これまで在ロシア日本国大使館公使、
 在カザフスタン共和国特命全権大使、在セルビア共和国特命全権大使を歴任され、
 ロシアには4度・通算10年おられました。
はじめに
 今回の講演が依頼された時には、7月には「ウクライナ戦争」は終結しているだろうと想定して原稿を考え
 たが、現在まだ戦争が継続している。ここでの講演は「ウクライナ戦争」が「世界にどのような影響を与え
 るか」という観点からお話ししたい。
*在外勤務23年
   ロシアでの勤務10年  1975~77  ブレジネフ時代
               1985~87  ゴルバチョフ時代
               1996~99  エリツイン時代
               2000~02  プーチン時代
   旧ソ連カザフスタンでの勤務3年  2002~05
   セルビアでの勤務4年       2009~2013
本 日 の 話 の 柱
         Ⅰ ウクライナ侵攻に至ったプーチンの思考
         Ⅱ 戦況の推移
         Ⅲ 今後のシナリオ
         Ⅳ 戦争の様々なインパクト
         Ⅴ 戦争からの教訓
Ⅰ ウクライナ侵攻に至ったプーチンの思考
1.プーチンの思想・信条
(1)ロシア帝国復活の夢
   東スラブ3部族(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)を中心に帝国の版図を復活する夢
    (ア) ロシアとウクライナの歴史解釈・評価の違い
       モスクワ大公国はキーエフ公国の継承国か否か?
       コサックとロマノフ王朝の庇護協定は歴史上の金字塔か否か?
       ロシアでは是だと教え、ウクライナでは否と教える。
       (コサックとは脱走農奴が形成した軍事共同体で、ウクライナの自由の気風を生んだ。)
    (イ) プーチン論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」
       東スラブ3部族は歴史的に一体であり、ロシア正教を信じる点でも共通で、ルースキーミール
       (ロシアの世界)を形成すべき。ロシア正教会のキリル総主教は全面的にプーチン支持。
    (ウ) ウクライナはソ連が作った人工的国
       レーニンが作り、スターリン、フルチシチョフが領土を追加した
    (エ) 東方正教会の影響
       2019年、ウクライナ正教会がロシア正教会から分離独立し、プーチンが激怒。
(2)西欧個人主義に対置されるユーラシア主義
   ユーラシア主義とは、ロシア革命・ボリシェヴィキ政権に対する反応のひとつとして1920年代に白
   系ロシア人(非ソビエト系亡命ロシア人)の間で流行した民族的思想潮流で、ロシアはアジアにも
   ヨーロッパにも属さず地政学的概念である「ユーラシア」に属し、西欧と異なる価値観を持つとい
   う思想。プーチンはユーラシア主義の持つ愛国心、集団主義、大国性といった優れた価値観が西欧
   の極端な個人主義から保護されるべきと主張。
(3)在外ロシア人の救済(ウクライナ等にロシア人が多数住んでいる)
    (ア)プーチンは「25百万人に上る在外ロシア人の救済が自らの使命」と語る。
       ウクライナ東部・南部の占領の理由付けにはこの「ロシア人救済」が利用され、ウクライナ全土
       には「ルースキーミール樹立」が理由付けに使われている。
    (イ) ロシア人の多いカザフスタンやラトビアはプーチンの発言を懸念する十分な理由がある
    (ウ) 欧州で在外母国民が多く民族統一主義傾向がみられるのは、ロシア以外はハンガリー、セルビア
2.安全保障上の脅威認識(NATOの東進)
(1)プーチンが脅威を感じたであろう出来事と成功体験
      2003年 ジョージアのバラ革命
      2004年 ウクライナのオレンジ革命
      2008年 ブッシュが、ウクライナとジョージアのNATO加盟後押し、独仏が慎重姿勢で、
           玉虫色のNATO声明となった
           (2008年 ロシアがジョージア侵攻し、アブハジア、南オセチア占拠)
      2012年 モスクワ等ロシア各地で反政府デモ
      2014年 マイダン革命で親露派大統領がロシアへ脱出
           (2014年 ロシアがクリミヤ、ドンバス地方侵攻、占領)
(2)プーチンの主張
    (ア)NATOへの不信感=WP(ワルシャワ条約機構)が消滅したのになぜ存在?
    (イ)NATOは東に拡大しない約束があったのに、旧東欧のみならず、旧ソ連諸国まで引き込んでいる
(3)NATOの反論
    (ア)文書で不拡大を約束したものはない。
    (イ)ゴルバチョフが2014年、当時NATO拡大問題は提起されたことはないと発言。
    (ウ)東欧・旧ソ連諸国がロシアを脅威に感じ、NATO加盟を強く希望した。
3.プーチンが欧米の弱体化を認識
                      1980年代        現在
     G7のGDP割合             70%        50%
     BRICSのGDP割合            7%        22%
     2021年のアメリカのアフガニスタン撤退の失態
     今年(2022年)6月、G7やNATO首脳会議にぶつけてBRICS首脳会合開催
     しかし、BRICSには各国を結びつけるイデオロギーがない。
4.ウクライナ側の侵略誘発要因はあったか?ナチ化は見られたか?
(1)ゼレンスキーはバイデン政権誕生後、親露派への挑発を活発化
     1.親露派地域に特別な地位を与えるとのミンスク合意を実行せず
     2.親露派TV局の封鎖
     3.親露派勢力のリーダーでプーチンに近い人物逮捕
     4.クリミヤ奪還国際会議の企画
(2)ウクライナ軍の強化への懸念
(3)第2次世界大戦でナチス軍がウクライナを占領した時、バンデラというウクライナ民族主義者が独立の
   ためナチと協力した。プーチンはゼレンスキー政府にバンデラ崇拝者がいることをもってナチ政権と
   主張するが、同政府をナチとは言えない。
Ⅱ 戦況の推移
  ロシアは初戦で失敗し、短期で勝利することができなかったが、ウクライナ領土の20%を既に支配し、
  じりじりと東部で支配地域を増やしており、ウクライナ側の反撃は容易ではない。今後も消耗戦が続くが、
  いずれ停戦の動きが出てくるだろう。
1. 初期のプーチンの誤算
(1)ウクライナ軍・国民の抵抗について
    (ア) 軍の強化 ①NATO方式の指揮系統 ②士気 ③戦闘経験 ④兵員と武器増強
    (イ) 国民がロシア軍を歓迎せず、ウクライナ軍に協力した。
    (ウ) ゼレンスキーの戦争指導者としての力量
(2)ロシア軍の力量について
    (ア)緒戦での失態
      1.サイバー攻撃でインフラ・通信設備を麻痺させることに失敗
      2.一点集中攻撃すべきところ、総花的攻撃で失敗
      3.各部隊がバラバラな戦い
    (イ)上位下達の指揮命令系統で融通性欠如
    (ウ)最新兵器・精密兵器の不足
    (エ) 歩兵戦力の不足
(3)諸外国の反応について
    (ア)予想に反し、NATO諸国が結束した
    (イ)中国はロシアを軍事的に支援しなかった
      ① 中国は米国の二次制裁を恐れる
      ② 中国は領土保全が民族自決より重要
      ③ 一帯一路でのウクライナの重要性
    (ウ)最大の同盟国カザフスタンは協力せず
Ⅲ 今後のシナリオ
1.戦争は長期化するか?
  3月初めBBCが報じた5つのシナリオ
     1 X  短期決戦、ロシアの勝利、ゼレンスキー政権崩壊
     2 〇  長期(包囲)戦、攻防泥沼化
     3 △  欧州戦争、モルドバ、ジョージア、バルト三国へ拡大
     4 〇  外交的解決、停戦合意
     5 △  プーチン失脚
          私見:⑵から⑷への移行が年末までに実現する可能性はある。
    (ア)ウクライナ大統領は2月24日の線まで領土を取り戻すと主張するが、容易でない。
    (イ)欧米は
      ・アメリカ:ウクライナに譲歩の圧力はかけないとバイデン大統領発言。
      ・欧州は正義派(英・ポーランド、バルト三国)と妥協派(独仏伊)に分かれる。
2.ロシアの世論・欧米の世論
(1)ロシアでのプーチンの支持は根強い  7~8割の支持
     ・ロシアを苦難から救った救世主
     ・プロパガンダの効果 FBやインスタグラムの中止
     ・声を上げられない国民
     ・戦争時の愛国心高揚
(2)今後の欧米の世論:支援疲れ、難民疲れ?
3.ロシアの経済制裁の影響 長期的にはあるが
4.ロシアでのクーデターの可能性は小さい
5.欧州戦争への発展の可能性と核使用の可能性
     ・欧州戦争への発展は  その可能性は低い
     ・核使用の可能性    その可能性は低い
Ⅳ 戦争の様々なインパクト
  世界に突き付けた問題はあまりにも大きく多岐にわたる。
    1. 戦争の性格を変えた 第2次大戦や朝鮮戦争以来のイデオロギー戦争で21世紀型戦争
    2. グローバリゼーションへの影響
    3. 世界経済に与える影響
    4. 核戦術の脅しとNPT(核兵器不拡散条約)体制への負の影響
    5. 世界の安全保障の問題や地球規模問題へ、今後ロシアの関与はどうなるか
    6. 世界で拡大するナショナリズム勢力
Ⅴ 戦争からの教訓
  プーチンは力は正義と考えている。プーチンが勝利すれば、この考えが正しいと認とめることになり、
  今後現状変更勢力による力の行使を助長する。
                         (文責:小林(一) 文章作成:石川 写真:青木)