1.日時: 平成29年4月16日(日)10:00~12:00
2.会場: いずみホール・Bホール
3.出席者: 会員および同伴者62名、西澤ことは先生(ピアノ)、平井俊邦氏(講演)
4.プログラム:
・ 第1部 カレッジソング(①塾歌 ②三色旗の下に ③慶應讃歌)
・ 第2部 講演 演題:『オーケストラ経営~音楽の力の素晴らしさ』
・ 講師 平井俊邦氏(日本フィルハーモニー交響楽団理事長)
・ 第3部 西澤ことは先生によるピアノ独奏
・ (①日本古謡 さくらさくら ②ショパン ノクターン2番)
・ エール交歓 (若き血)
・いつも通り起立しての塾歌斉唱、カレッジソングで例会第1部が始まりました。今回は森川先生のご都合が悪く、西澤ことは先生にピアノ伴奏をお願いしました。
・第2部は今回の特別企画です。公益財団法人日本フィルハーモニー交響楽団理事長平井俊邦氏をお招きして、『オーケストラ経営~音楽の力の素晴らしさ』の演題でご講演いただきました。塩井代表世話役の先輩であることから実現した大変興味深い貴重なお話でした。塩井さんが新入社員の頃、7,8人の同期で銀座を歩いているとき、ばったり出くわした平井先輩に全部おごっていただいて、その太っ腹を未だ鮮明に記憶しているというエピソードも紹介されました。音楽そのものの素晴らしさ、オーケストラの普段は聞けない面白い裏話、オーケストラの経営のむずかしさ、そしてご自身の人生について熱く語っていただきました。
・第3部は西澤ことは先生によるピアノ独奏で、日本古謡「さくらさくら」とショパン ノクターン2番を演奏していただきました。満開の桜の華やかさ、散る桜のはらはらとした律動感が見事に表現され、日本人で良かったなあと感じる素敵な演奏でした。ショパンのノクターンも、やっと暖かくなった春の夜を髣髴とさせる透明感あるピアノでした。
・最後はこれも恒例通り肩を組んで「若き血」のエールです。今日はいつもの平林会員はお休みで、 井上徹会員(S49政)が代わって音頭をとり力強く締めました。
【講演要旨】
1.音楽の持つ不思議な力
・日本フィルは通常の演奏会の他に様々な活動をしているが、東北4県の被災地に音楽を贈ろう、という活動に力を入れている。どうしていいかわからない被災者に目を向けて室内楽を贈ったり、花を植えたりと我々にできる活動を行っている。音楽は言葉が要らないものだからこうした大災害の時に特にその力を発揮する。
・私はかつて広上淳一さんの第九を聴いて涙が止まらなかったことがある。フィンランド大使ご夫妻は「フィンランディア」を聴かれると必ず泣いてしまうそうだ。認知症で他のことには反応しないおばあさんが懐かしい歌に反応したり、全く他人から疎外されているような方が、ガーシュウィンの音楽に反応し、昔のご自身のアメリカ生活について話し始め、それから多くの方々とコミュニケーションを取れるようになったとか、演奏を聴いて思わず車椅子から立ち上がり、数歩歩み寄ってきて拍手をしたというようなことがたくさんある。 このように音楽は何か独特の不思議な力を持っており、日常音楽に接しているとその力が生まれてくるし、大きな支えにもなる。
・東日本大震災に日本フィルはリハーサルの直前に遭遇した。当日夜、翌日2時の公演を実施すべきかどうか、決断を迫られた。最終的には、安全性が確保され、提供できる環境にあればやるべきだと私が決断した。当日77名、翌日758名の方々が会場においでになった。テレビで被災状況を見てやりきれない気持ちを持っていた方々は、音楽を聴いて救われたような感じを持たれたという。これからも被災地をはじめ多くの方々にこの不思議な力を持つ「音楽」をお届けし続けたい。
2.オーケストラは面白い
・私自身は正直音楽に詳しいわけではない。楽団に入ってみるとそういう素人の目から見ても面白いなあと思うことがたくさんある。
・オーケストラは大体90人くらいの所帯。打楽器・弦楽器・金管楽器・木管楽器のセクションがあり、それぞれに首席演奏者がいる。特に第1ヴァイオリンの首席をコンサートマスターといい、彼の役割が非常に大きい。指揮者と90人の芸術家の対峙は戦いの場でもある。コンサートマスターは指揮者の考え方を団員に伝える、また団員の考え方を指揮者に伝えるという重要な役割がある。
・団員を1人補充するにも大変厳しいオーディションがある。時には競争率が100倍を超える。首席奏者も3年に1回投票で評価し、3分の2の賛成が得られないと交代させられる。
・団員の平均年収は400万円。日本を代表するオーケストラの給与がこれで良いのか、一般企業とのあまりの差に愕然とした。バレエや演劇など歩合制でなおひどい状況だそうだ。それではいけない、何とか改善したいと考えているがそう楽なことではない。
・ヴァイオリン等小さい楽器は個人所有、コントラバスとか太鼓のように大きい楽器は楽団所有だが、億近い楽器は決して素人には持ち運びすらさせない。年収400万円ではとても採算が合うとは思えない。
・管楽器奏者と弦楽器奏者は仲が良いとは言えない。弦はしょっちゅう演奏しなければいけないが、管は時々出番があるだけだから。ヴァイオリンをずっと弾き続けているのと、シンバルを1発鳴らすのと同じ給料だからお互いにおかしいのではと思う訳だ。月給制なのだ。
・オーケストラの運営は企業経営の見本ではないかという方がいるが、企業並みにはやれない。オーケストラは個人事業主の集団であると考えると良く機能する。また演奏家は評価されることが大嫌いなので企業並みの体系ではうまくいかない。
・日本フィルは、8年間ボリショイ劇場の芸術監督兼首席指揮者だったアレクサンドル・ラザレフを招聘した。
大震災当日もリハーサルをし、当日夜、翌日午後演奏会をしたが、震災のことに全く触れず、淡々と指揮台に立った。モスクワの奥様から帰ってくるように懇願され、不眠となり腰を痛めたのにもかかわらず、翌週香港での演奏会にも行ってくれた。自分の苦しい状況は一言も口に出さず、演奏会の開催決断や香港行きに対して私を全面的に信頼して従ってくれた。日本人がこんな惨状の中お互いに助け合い、励まし合う姿に感激していた。音楽をすることだけが自分の使命だと考え、すべての演奏を見事にやり遂げた。私も極限状態で音楽に立ち向かう彼の姿に感心し、全幅の信頼を置いている。
・彼が8年前の来日以来日本フィルの音楽を全く変えてしまった。評価も上がり、特にロシアものをやれば日本一と言われる。なぜこれほど変わったかというと、音楽に向かう真摯な姿勢で、リハーサルの取り組み一つにしろ劇的に変えてしまった。彼自身楽譜を丹念に読み、綿密な計画の下団員を厳しく指導した結果である。
・彼は作曲家とその作品を誰よりも知らなくてはいけないという信念を持っている。大変な勉強家で、作曲家の訴えることを追求し、解釈をとらえること、またそれを聴く人にどのように伝えていくかが自分の楽しみであり使命だと考えている。練習は厳しいが、本番になるとすべてを開放して、伸び伸びと演奏させるようにしている。・オーケストラが良くなればお客様も増え、団員の意識も上がる。一人の指揮者によって音楽性が全く変わることを彼が証明した。
・皆さんにも是非リハーサルを聴いていただきたいと思う。リハーサルを聴いて本番を聴くと音楽づくりの過程や違いが分かって非常に面白い。
3.オーケストラの台所は火の車
・日本フィルは1956年に渡邉曉雄を指揮者に文化放送の交響楽団として創立された。1972年にある事件で解散を余儀なくされ、紆余曲折を経てやっと1985年に新しい財団に生まれ変わった。
・バブル崩壊後日本フィルも、2001年から2004年まで赤字を垂れ流していた。その後黒字に転じたものの、2010年度は大震災、リーマンショックの影響もあり赤字に。そのとき、2013年11月末までに公益財団法人に移行できなければ解散という法律が施行され、大ピンチに。それから財務の健全性、経営のガバナンスに大きな努力を。また、多くの方々からのご支援により、2012年度には債務超過から脱却し、2013年度にはやっと公益財団としての認可をされた。債務超過解消には10年を要した。
・日本フィルの事業規模は年間13億円。演奏会チケット収入と演奏会の出前で9億円稼ぎ、国の補助が1億円、企業の寄付が2億円、民間・個人の助成が1億円、これでカツカツ。10~14億円の助成金のあるN響、都響、読響など恵まれた団体もあるが、都市圏のオーケストラはどこも経営が苦しい。海外のオーケストラより内容も良くお安いですから、皆さん是非聴きに来てください。日本での国内外のオーケストラの中で、昨年のランキングでは、ラザレフ指揮日本フィル演奏のショスタコーヴィチ交響曲第15番がトップだった。長い間苦しんできた楽団であるが、皆さんの応援を得て、感謝の心を持った、多くの人の心の襞までわかる数少ない楽団に成長したと思っている。被災地への訪問の他、80名のがん患者さんと第九を歌うイベントも実施した。地味ではあるが、広く長くこうした活動を続けていきたいと思っている。非効率で利益がなくても、暖かい音楽を届け続けていきたいと思っている。
4.人生の第四コーナー(65歳でのオーケストラとの出会い)
・自分自身まさかこの世界に入るとは思ってもみなかったが、まだまだいろいろなところに活動の場はあるものだ。また多くの方の応援も欲しいなあと感じている。
・音楽を志す若い人がたくさん出ているのに、やっとオーケストラに入っても先ほど申し上げた待遇だから、そういう人に少しでも多く場を提供したり、いろいろなお世話をしていくことが大事ではないかと思う。この場の塾員の皆様にも是非ご協力いただきたい。60歳からの楽器教室もやっているので活用願いたい。
・経済中心の日本の社会の中で、これからも芸術家や文化を大事にする社会づくりに専心したいと思っている。
【平井俊邦氏プロフィール】
塾員。S40経(高木ゼミ)。三菱銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)の取締役香港支店長、本店第二営業部長、常勤監査役を歴任。千代田化工建設専務取締役、インテックホールディングス取締役副社長兼共同最高経営責任者を経て、平成19年4月日本フィルハーモニー交響楽団理事、同年7月専務理事、平成26年より現職。