当三田会会員、小島教授よりのお知らせです

先月、当会会員の方がインドに入国の際、高額紙幣廃止の影響で銀行が大混雑、大変な思いをされたということです。現地で聞いた話では、ブラックマネーの追放や脱税対策ということでしたが、改めてインド経済がご専門の拓殖大学、小島教授に照会し下記回答を頂きましたのでご報告します。

◎ インド政府は、11月8日夕方、モディ首相の突如の声明を通じて、その日の深夜零時をもって、それまで通用していた500ルピー(1ルピー=約1.6円)と1000ルピーの高額紙幣は使用禁止にするとの措置を発表しました。インドでは1ルピーから1000ルピーまで8種類の紙幣が発行されていますが、このうち500ルピーと1000ルピーの高額紙幣だけで発行紙幣額の86%を占めており、旧紙幣廃止の持つ影響の大きさは実に甚大なものがあります。旧紙幣は、12月30日までの期間付きで、銀行に他の法定貨幣に交換してもらえますが、500ルピーと2000ルピーの新紙幣の印刷が大幅に遅れているため、銀行では一定額しか換金してもらえず、大多数の人々は極端な現金不足を強いられ、日常生活において支障を来している状況にあります。

さて今回の高額紙幣の廃止の狙いは、不正資金の根絶にあります。インドでは課税逃れのための公的な記録に残らない「地下経済」のGDPの2~4割に及ぶとされています。高額紙幣の所有者は、もっぱら資産家に集中しています。不動産取引の場合、その多くは帳簿外の現金取引でされ、また政治献金の場合も、その大部分は記録に残らない現金でなされており、高額紙幣は不正取引の温床にもなっています。そうした点にメスを入れるというのが、今回の高額紙幣廃止の狙いといえます。そのため今回の措置に対しては、数時間も換金のために銀行で長蛇の列で待たされるという不自由な思いを強いられながらも、一般庶民の間ではかなり肯定的に受け止められ、しばらく様子を見ようという動きが強いように思われます。私蔵していた高額紙幣を銀行に持ち込み、新たに預金するというケースが急増し、銀行の預金額が短期間のうちに10兆ルピーも増加するという結果になっており、「地下経済」の一掃にそれなりの効果をもたらしていることは否定できません。

またどうして、この時期のタイミングで実施されたかという理由につきましては、次の2つが考えられます。
一つの理由は、今年8月に画期的な「物品・サービス(GST)税」導入のための憲法改正が実現し、来年4月からの実施が目指されているが、そのことと大いに関連しているように思われます。GST税は、中央・州の錯綜した間接税の一本化を目指したもので、これによってインド国内の共通市場が実現し、さらには税基盤の拡大と納税順守につながることが期待されています。GST税導入のための地ならしとして、今回、高額紙幣廃止という措置を通じて、少しでも「地下経済」の一掃を図ることができれば、GST税導入のインド経済に与える効果はより大きなものになるという期待があったためだと思います。

もう一つは、インドでは来年春に人口2億を超えるウッタル・プラデーシュ州など5州で州議会選挙が予定されており、今後のインドの政局に大きな影響が与えることが予想されます。インドの政党の収入は、その多くは出所不明の個人献金が多く、汚職の温床になっています。今回、高額紙幣の廃止という措置は、各政党の資金源に大きな打撃を与えることになります。そのため選挙においてカネが幅を利かすという現象を断ち切り、自らのリーダーシップで州議会選挙を有利に展開させようという思惑が働いたためと思われます。

2016年12月24日