尚商立国論(四) 官尊民卑の陋習を捨て尚商立国の障害を排す

・日本の商業は人事の下流に位し、商人と名付くる賤民の事なので、固より以て立国の源素とすることは
 出来ない。
・官途人の驕傲(きょうごう=おごりたかぶり)も商人等の卑屈も祖先からの遺伝であって容易に改まる
 様子にないのは、人の罪ではなく日本社会の勢いであるので、智者と云えどもその改良には妙案がない。
・商工奨励の為として、商学校を設け、博覧会、共進会(勧業政策として産物や製品等を公開する会)を
 開き、新聞を発行し集合会議所を作る等、様々な工夫を運らす事は、名実ともに多少の利益はあろうが、
 国家百年の大計として尚商立国と議論の端を発した限りは、大体の主義を一定にしなければならない。
・その大体の主義とは、朝野の士人が心事を一転し、商を重んじる事昔年の武を重じるが如くにして国を
 立てるの必要を発明したならば、官途の方から率先して官尊民卑の陋習を除き一歩でも平等の方向に進む
 事である。
・元来,尊卑とは相対の語であって、従来のように官途人が独り社会の高処に居て、人 民がその高きに登
 ろうとするのを待つのではなく、先ず自分から人民に近づく工夫をする事が大切である。
・人に交わるは馬に乗るが如くで、政府は御者であり人民は馬である。「この馬は御すべからず」と云う
 は馬の罪ではなく、御法が拙なのである。
・今の人民を卑屈なり、無気力なりとして之を捨て置くことは、御者たる政府が自らその拙を表白してい
 るようなものである。
・尚商立国の実効を求めようとするなら、先ず政府の体裁を一変して商売風に改める事が必要と我輩は信
 ずるものなり。
・政府は法律を定め、海陸軍を設け、課税し、貨幣を造り、逓信を司り、外交、内治を整理する等の事務
 を取り扱う一大商店とも云えるもので、人民に対して私恩を施し虚威を張るような古いやり方は無用と知
 るべきである。
・恩威が無用とすれば、官吏が人民に対して尊大である事は政略上少しも益がなく大いに慎むべき所である。
・官私の間に交わされる言語文書なども、その慣行を改めて相対平等の体裁に従わなければならない。
・又政府の上流に居る政治家は、商人と同様一種の専門家と云えるが、之に随従して事務を取り扱う書記
 官以下は普通の職人であって、諸会社や商人に雇われて給料を取る者と何ら変わりがない。
・政府に勤めるか民間に勤めるかの相違のみであるのだから、「書記官」の「官」の字は止めて単に書記と
 するか、或いは支配人等に名を改めて民間にある呼称と同様にして尊卑を平等にするのが穏当であろう。
・書記官の官の字を止めるからには、之に位階を授けると云う事も不釣合であり、その慣行も廃すべきで
 ある。
・書記官のみならず、すべて官途に位階が存する限りは、自ずから商工社会を蔑視する原因にもなるので、
 官民とも一切 無位平等の日本国民とすべきである。
・華族についても新華族を増やす事などは政策上の不得策であり、尚商立国と云う文明の富国論に戻って、
 事の軽重を思案して決するのが妥当であろう。
・以上は官途社会の驕傲尊大と人民社会の卑屈無気力とをならべ、低いものを昇らせるも高いものを降ら
 せるも同じ事なので、むしろ高きを制限して平等にする事が近道と考えて試みに方案を立てたものである。
・この立案に従った時は、商工の輩も官途に対し軽重の平均を得てその社会全体に地位の重きを成し,地
 位重ければ人物も集まり益々重きを加え、遂には我が商工業が立国の要素となる日も来るであろう。
・しかしこの方針に向かった時は、官途の当局者は大いに心身を苦しめるのではないかと考えたが、我輩
 の所見では、その実利に少しも損する事がなく失う所は単なる虚位虚名に過ぎず、苟も国に忠にして百年
 の長計を思う者は自己の虚栄に恋々して国計の発達を妨げることはないものと密かに信じる所である。

2024年6月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : kkbn-mita