【E】第119回Oh!Enkaの会を開催しました。

1.日時   平成31年 2月17日(日)14:00~16:30
2.会場   本多公民館ホール
3.出席者  会員(国分寺三田会、国分寺稲門会等)46名
・      非会員(国分寺三田会、国分寺稲門会、出演者関係者等)28名
・      計74名   ヴァイオリン:佐藤祥子    ピアノ:梶ひとみ
4.スケジュール
・第1部  カレッジソング斉唱:①塾歌 ②都の西北 ③慶應讃歌
・第2部  ヴァイオリンとピアノのコンサート
・     ヴァイオリン:佐藤祥子
・     ピアノ   :梶ひとみ
・     (プロフィールは下記をご参照ください)
・第3部  皆で歌おう:①早春賦 ②青春時代 ③時計台の鐘
・エール交歓 若き血(指揮:井上徹会員)

・今回はOh!Enkaの会と二水会との共催でした。
・第1部はいつものようにカレッジソング斉唱です。梶ひとみさんのピアノ伴奏で塾歌斉唱、都の西北、慶應讃歌と進
みました。
・第2部はヴァイオリンとピアノのコンサートです。ヴァイオリンは佐藤祥子さん、ピアノは梶ひとみさんです。ウィ
ーンのイメージを中心に選曲いただいたとのことでした。
曲目は①クライスラー   ベートーヴェンの主題によるロンディーノ
・   流麗で親しみやすい名曲。TVのヴァイオリン教室のテーマ曲とのこと。
・  ②ベートーヴェン  ヴァイオリンソナタNo.5「春」より第1楽章
・    お馴染みの名曲。美しいメロディーのような爽やかな春が待ち遠しいですね。
・  ③イザイ      無伴奏ヴァイオリンソナタNo.4より 第1楽章 (Vn. ソロ)
・   超絶技巧を駆使した難曲。何重にも重なる音やメロディー、でも聴きやすかったです。
・  ④シューベルト   即興曲 Op.90-4 (Pf.ソロ)
・   即興曲とはいえ、右手の流れるような旋律の中にも左手でシューベルトらしい人生観が感じられる哀愁を帯び
・   た格調高いピアノソロでした。
・  ⑤クライスラー   ウィーン奇想曲
・   ワルツのリズムの中にウィーン街中の浮き立つような気分やざわめきを感じられる曲でした。
・  ⑥クライスラー   愛の悲しみ
・   クライスラーの代表的な名曲。甘く、切ない初恋か、ややもすると途切れそうな愛・・・・ 皆さんもかつて
・   こんな思いをしたのでは?
・  ⑦ファリャ     スペイン舞曲
・   今は上演されないオペラから残された名曲。情熱的なラテンのリズムに 心弾み気分が浮かれました。
・  ⑧ブラームス    ヴァイオリンソナタNo.1雨の歌
・   全3楽章をたっぷり聴かせていただきました。ブラームスらしい流れるような美しい旋律や物憂げなヴァイオ
・   リンのつぶやき、童心に帰ったようなどこか懐かしいメロディー、曲も良ければ演奏も良い至福のフィナーレ
・   でした。
・客席からの盛大な拍手に応えてアンコールを2曲演奏していただきました。
・  ⑨マスネ      タイスの瞑想曲
・   この曲を知らない人はいないというヴァイオリンで最も愛されている曲。優美で洗練された弦の運びに皆うっ
・   とりでした。
・  ⑩クロール     バンジョーとフィドル
・    佐藤さんの留学時代の思い出の曲とか。ヴァイオリンのピチカート奏でるバンジョーの響きがとても印象的で
・   した。いかにもアメリカらしい陽気で軽快な楽しい曲でした。
・お二人の息の合った素敵なアンサンブルに会場全体心奪われ、ゆったりとした上質で典雅な気分にひたることができた午後のひと時でした。
・第3部は「皆で歌おう」です。春の訪れが待ち遠しく「早春賦」を皮切りに「青春時代」「時計台の鐘」を歌いました。
・最後は井上徹会員の指揮による「若き血」斉唱です。全員が肩を組み、広いホールで声高らかにエールの交歓を行いお開きとなりました。

プロフィール
◆佐藤祥子さん
・4歳よりヴァイオリンを始める。大学では英語を専攻するが、オーケストラ部の活動の中で音楽の楽しみに目覚める。留学先のアメリカのグリ・ンネルカレッジにて音楽副専攻。子育てが一段落したところ、受けた高槻音楽コンクールで入選。現在、室内楽やオーケストラ(光が丘管弦・楽団)で活動する一方、合唱も始める。市原利彦、ケネス=ゴールドスミス、小川有紀子の各氏に師事。
◆梶ひとみさん
・武蔵野音楽大学ピアノ科卒業。ソロ、伴奏、室内楽、バレエの稽古や合唱団のピアノなど多様な音楽活動を行っている。1989年、川崎市のオー・ディションに合格し推薦音楽会に出演。都留音楽祭にてチェンバロ、フォルテピアノを学ぶ他、津軽三味線とのコラボレーションなど新し・い分野にも挑戦している。また1996年より「看護音楽療法」のピアニストを務め、2007-17年、川崎市立看護短期大学にて「芸術 音楽」の・講義を受け持つ。ピアノおよび室内楽を志村直子、土屋律子各氏に師事。佐藤祥子さんとは長年アンサンブルを組み「デュオ ドリーム」と・して2000年よりひたち室内楽フェスティバルに参加している。

世話役代表:塩井勝也(S41法)
世話役:斎藤信雄(S38政)、金田 一(S42工)、高橋伸一(S45法)、久保田宏(S46工)、
・   芳賀 崇(S47経)、平林正明(S47経)、山田 健(S47経)、池田敏夫(S47商) 井上 徹(S49政)
♪次回の予定
・3月23日(土)午前10時~12時、リオンホールBで山崎俊道さんのギター演奏に山田 玲子先生のシンセサイザー演奏が加わります。
♪次々回の予定
・4月6日(土)午前10時~12時、いずみホールBでSongsです。

【Y】第32回The Young Salon講演会を開催しました

2月9日(土)午後、国分寺労政会館にて45名出席の下、第32回The Young Salon講演会を開催しました。講師として以前、福澤諭吉の脱亜論をテーマに講演頂いた前、当国分寺三田会会長の菅谷国雄さんを御迎えし、福澤諭吉研究の第2弾として「福澤諭吉の晩年~その想いと蓋棺録を読む~」を演題にお話頂きました。今回講演の趣意は、昨年明治150年、時代の節目・変わり目、世界情勢の変化、ポピュリズムの蔓延等により、我々の理想としている民主主義に危機が訪れている事に講師が焦燥感を抱き、そのヒントを探す中、150年前、わが国の文明化・民主主義の揺籃期に福澤先生が既にその事に気付き、広く国民にメッセージを発していたことが分かり、皆さんに紹介することにあります。

福澤先生は1835年1月10日に大阪中津藩屋敷で生まれ、蘭学を志して21歳の時に長崎へ、その後、大阪緒方洪庵の適塾を経て1858年築地鉄砲洲に蘭学塾を開きました。これが慶應義塾の起源で昨年創立160年を迎えております。先生は1901年2月3日に66歳で亡くなられましたが、今回の講演では福澤先生の晩年に焦点を当てています。講演の概要は下記の通りです。
尚、引き続き行われた懇親会には講師を含め26名が参加し、和気藹々の楽しい会となりました。

  • 福澤諭吉の著作と年譜
  1. 咸臨丸でアメリカへ渡航
    最初のトピックスは咸臨丸(軍艦)に乗り込みサンフランシスコに渡った事。艦長は軍艦奉行・木村摂津守、指揮官・勝麟太郎(勝海舟)・そして福澤諭吉は木村摂津守の従僕として乗り組んでいた。勝海舟との出会いもこの時が最初である。
  2. 初期の大事業
    三度の洋行を経た先生は「西洋事情」「学問のすすめ」「文明論之概略」を刊行、ここに先生の初期の大事業が集約されている。江戸から明治へ時代が激変する中で「文明化とは何か」「今この国は何をすべきか・国民はどの様に生きれば良いのか」一般大衆に平易な言葉で問いかけ、その精神の発達、智徳の向上を啓蒙する諸編は40代壮年期・福澤の珠玉の著作であり、特に「文明論之概略」は福澤研究の古典とも言うべき存在になっている。(学問のすすめ:当時の人口3500万人、販売数360万部、初編~17編)
  3. 40代半ば・最も気力が充実した時期の提言
    明治10年から時事新報創刊までは何れも、先生40代半ば・最も気力が充実した時期に「国権」「民権」「分権」に対する提言を平易な言葉で直言している。これらは19世紀初頭フランスの思想家(のちの外務大臣)アレクシ・ド・トクビルの「アメリカのデモクラシー」をベースにしたものであるが、明治新政府の専政に対し、西南戦争に至る迄の没落士族の不満が根底にある。明治12年の「民情一新」では英国型の議院内閣制度の必要性を説いた政冶論に加えて、蒸気・鉄道・電信・印刷と云った「人民交通の便」が民情を一新し文明開化をもたらすと述べている。
  4. 時事小言、時事新報、脱亜論
    時事小言の中で、先生は日本と西洋との兵備の比較(わが国の脆弱さ)を示し、富国強兵を訴えている。 江戸から明治へ、特に文明開化の揺籃期を迎えた明治10年代の福澤先生の我国を取り巻く認識、即ち①欧米列強によるアジア侵略・その野心②中国・朝鮮の固陋と混迷③日本の国力の脆弱さ、これらを総合して、時事新報の社説として国民に訴え政府に直言した。しかし、日清戦争後は戦争の狂騒に警鐘を鳴らし、明治34年に亡くなった福澤先生は、その後の軍部独走や大陸進出に関与する余地もなかった、と云うのが私の結論である。
  5. 慶應義塾大学
    大学部は明治23年に設立された。小泉信吉(のぶきち)塾長のもと、ハーバードから3名の教授の派遣を受け、総勢59人の学生を迎えて始業式が行われた。しかし官学との兵役免除など差別待遇が存続し、早々に大学部存続の危機に見舞われた明治29年、小幡篤次郎塾長のもと大学部の廃止が提案されたが、先生はこれに反対、その後義塾基本金募集を行い、31年に至り漸く幼稚舎・普通部・大学部の一貫した学制組織を打ちたてる事となった。
  6. 痩せ我慢の説
    明治24年の「痩せ我慢の説」については、明治24年の脱稿以後永年に亘ってその胸底に秘していたものを、先生が亡くなる寸前、時事新報の社説として明治34年から連載されたものである。
  7. 最晩年
    福澤先生は今から118年前の1901年(明治34年)2月3日に逝去された。その3年前の明治31年9月に脳出血が発症し、一時重体であったったが約3ヶ月を経て殆んど全快。大患から復帰した先生は、時勢の変化・修身処世の乱れを見て、「修身要領」を発表し当時の人心に大きな影響を与えた。34年1月25日に脳出血を再発、2月3日帰らぬ人となった。
  • 変革期の理想と老余の煩悩
  1. 膨大な著作・論説・書簡にみる福澤先生の思い
    晩年の明治30年、先生自らが刊行を決意した福澤全集緒言に記載された著作数は「唐人往来」から「痩せ我慢の説」まで全部で56編ある。又存命中、時事新報の紙上に執筆された論説は約5千編ある。更に先生は一生の間に1万通を超える手紙を書いたのではないかと推測され、昭和46年の「福澤諭吉全集」には2130通の書簡が掲載され、その後「福澤諭吉書簡集」も編纂されている。先生の言論人としての人生を通じて明治10年代から20年代、先生壮年期の主張は平易な言葉の中に強い意志をこめた発言が多くあった。そして又、晩年になって本音を語っているなかで、若い時と晩年の発言を繋いで見れば先生の本音がよく理解できるのではないか、これが本日のテーマである。
  2. 福翁自伝
    明治31年に脱稿された「福翁自伝」によれば先生が生涯変わることなく貫いた思想・心情が語られている。旧幕府はもとより新政府にも仕官を嫌い、空威張りの群れに入らぬ由縁、特に役人の醜態(空威張り・酒・妾など)に対する潔癖なまでの、特に不品行に対する嫌悪、忠臣義士の浮薄(痩せ我慢の説の遠因)に対する警鐘を鳴らし続けた。特に明治10年代に入ると、日本国中の士族・百姓・町人が少しばかり文字を学んで皆役人になりたい、金儲けに熱心で高尚な精神に至るという気概がない。晩年の先生の時世を憂うる煩悩の最たるものであった。
  3. 禁酒
    先生の「自伝」によれば、若い頃自分は大酒飲みであったが、32~33歳頃より苦しみながらも禁酒を始めたと書かれている。
  4. 日清戦争、朝鮮問題
    明治28年の春には日清戦争が終結し日本は勝利をおさめた。この戦争は福澤先生にとって開化路線の日本と固陋・旧弊・儒教・華夷思想の清国との戦いであり、年来の主張が実をむすんだ出来ごとで、満足な結果であった。当時経済状況も良く、「自伝」にも満足を表明しているが、戦勝に酔って軍事に傾きがちな世情を危惧した言葉を発信している。またこの戦後は、福澤先生が朝鮮問題について、朝鮮の政治的・文化的違和感と失望から、政治的恋愛が醒め、自分が係った諸問題を整理し始めた時期である。
  5. 時事新報(醜態の批判)
    明治29年の8月、先生は「時事新報」の社説に「紳士の宴会」や「宴会の醜態」を掲載、紳士・紳商と称する人が連日連夜宴会を催し、芸者を侍らせて泥酔昏倒する醜態を厳しく批判し、それに代わる文明の交際方として「茶話会」を提唱している。経済人が「私徳」を厳重にすることを忘れるな、と強く言って居られた。
  6. 老余の福澤先生
    このように、この時期の福澤先生は軍事的熱狂への危惧や、経済人の醜態への批判の気持ちを募らせ、かつての衆人精神発達の議論「文明論」へと再び傾斜していった。明治30年7月に一書に纏めて刊行された「福翁百話」では個人の行動と精神のあるべき姿が述べられているが、これは20年以上前に書かれた「文明論之概略」の冒頭緒言を思わせる言葉である。老余の福澤先生が再びその原点を述べた著作となっている。先生は「福翁百話」の著作動機を日原昌造宛の書簡で、俗界のモラル・スタンダードの高からざる事、終生の遺憾と述べ、自分の考える文明の精神が社会に理解されているのか、ある種の無力感を漂わせている。先生の終生の願い、即ち自主性や個人の誇りというものを備えた倫理感が日本社会に根づく事の難しさを肌で受け止めて居られたのである。この様に晩年の福澤先生は、日清戦争後の軍事熱の狂騒、経済界の醜態、朝鮮問題への挫折感、そして「文明論」の真意が理解されていないのではないかという失望、慶應義塾の財政と存続など焦燥の思いがつのり、「老余の煩悩」に苛まれる日々を送って居られたのではないかと思われる。

    明治32年、晩年の福澤先生

    明治32年、晩年の福澤先生

●蓋棺録を読む
同じ時代に生きた明治人がどの様に福澤諭吉を見ていたのか、哀悼録等で当時の「福澤感」(方々の想いの一端)をお伝えしたい。

  1. 福地桜痴
    (君は欧米の文明を咀嚼してこれを日本化せるもの、君を外して誰ありとするかな、君の訃報を聞いて流涕滂沱(涙が止めどない様)これを弔する詞知らず。)明治34年2月4日日出国(やまと)新聞:福澤先生哀悼録
  2. 徳富蘇峰(猪一郎)
    「国民新聞」に「福澤諭吉氏を弔する」を掲載している。 (人は氏を目して、拝金主義の俗物と云うが、これ未だ氏が武士的真骨頂ある快男子たるを知らざるのみ。その行の高き、家族的生活の清潔なる、その侠骨の稜々たる、その愛国の血性ある、武士的真骨頂と見る。想うに明治100年の後に於いて、もし福澤諭吉氏の感化なるものを求めば、そは福澤全集にあらずして、福澤氏自身の性行人格なるべき哉)
  3. 山路愛山
    明治26年「国民新聞」所載の「明治文学史」の中で愛山は(福澤諭吉君を敬服するところは、彼が何処までも自己の品位は即ち自己に在ることを知り、官爵を捨て、衣貌を捨て自らを律し、生涯を通じて平民的模範を与えたることである。)
  4. 内村鑑三
    明治のクリスチャンの中でも内村鑑三は、その徹底した宗教的潔癖性から、福澤の経済主義・物質主義が拝金主義の流弊を生んだことを憎んだ。
  5. 木村介舟(喜毅)
    先生は我国の聖人なり。その碩徳偉業宇宙に光り輝き、幾多の新聞皆口を極めて讃称し、天下の人熟知する所、予が蝶々を要せず。 40余年先生との交際、先生より受けたる親愛恩情の一斑を記しこれを子孫に残さんとする
  6. 新渡戸稲造
    ただ新しい知識を注ぎ込むと云うよりも、新しい知識を得たいという志を起こすような教育をせられた。単に知識を注ぎ込むということなら教育屋にでも出来るがこれが真の教育であると思いました。心と心の交わり、私はただ一度先生にお目にかかっただけですが、頭の中に強く残っています。
  7. 印旛郡長沼総代・小川武平
    同村総代小川武平氏の弔詞は左の如し。 ・・・・明治33年3月遂に沼地引き戻しの許可の指令に接しましたのも、先生の賜物非ずしてなんぞや。先生の訓誡、村民の金科玉条なり。遺訓を胸に刻み村の幸福を失墜することなく参ります。明治34年2月7日 下総国長沼 小川武平 泣血拝
    (註)当時印旛郡長沼の惨状にも拘わらず沼地を政府に上納の命が下り、一村死を待つばかりの時に、福澤先生が政府に親展書を出してくれた。このお蔭で、その後沼地は村に引き戻され村民が蘇生した。その恩を弔詞で述べたものである。
  • まとめ
    本日は福澤先生の膨大な著作・論説・書簡の中から、今の我々の心に強く訴える珠玉のメッセージを選んでお伝えした。最後に小林秀雄の「福澤諭吉の炯眼」を紹介して本日の結びとしたい。これは「考えるヒント」の「福澤諭吉」と題するコラムを纏めたものであり、小林秀雄は文書の最後で次のように指摘している。
    ◎精神の自立を薦めようとする福澤先生は「民主主義は人々の心の内を腐らせる」ことに気付いた我国最初の思想家であると。
    福澤先生はノブレス・オブリージュを訴えたのではないだろうか。人々の志が高くならないと民主主義は定着しない、現在世間一般のポピュリズムが蔓延する中にあって民主主義は難しい。(志を高め、ポピュリズムを乗り越える努力が今求められている。)

【二】 極寒の二水会開催報告

開催日時 2019年2月13日水曜日 17時30分から20時

開催場所 中華料理店華琳  出席者22人(女性8人含む)

春の訪れが待ち遠しい極寒の季節の下で、食事とビールやお酒を飲みながら楽しいひと時を過ごしました。 今回は特に女性の参加が多く、また初参加の方も数名おられました。話題も豊富で、外の寒さを忘れて心が温まる時間を過ごすことができました。

和やかで、楽しい会をモットーに会を運営しています。会員皆さまの参加を心よりお待ちしております。時事問題や経済問題だけでなく、趣味や健康などいろいろな話題が出てくる三田会の交流の場(サロン)になることを期待しています。

開催日時:毎月第二水曜日 17:30ー19:30(新年度から30分繰り上げ開始)

集合場所(毎回): 華琳 (国分寺駅ビル9階中華店)

参加方法:自由参加(出席の予約は不要)

【E】第118回Oh!Enkaの会を開催しました。

1.日時:1月26日(土)午前10時から12時

2.会場:本多公民館 視聴覚室

3.ピアノ伴奏・歌唱指導:山田玲子先生

4.出席者数:28名

・準備体操の後、発声練習を行いました。発声練習では、

”右手を上にあげ徐々にさらに上にあげ高音を出していく。

限界を超えて更に高音を出す。両目の間から高音部を出す” と指導もユニークでした。

5.歌唱曲目

・冬の星座   ・雪の降るまちを   ・冬の夜

・トロイカ   ・早春賦       ・昴

最後に、まるく輪になり「さよなら集い」を歌ってお開きとしました。

 

【ゴ】第57回ゴルフ部会 例会案内

恒例春のゴルフ会(第57回国分寺三田会ゴルフ会)を下記の通り開催いたします。
表彰式・懇親会はプレイ終了後ゴルフ場にて開催します。

 記

・ 開催日   平成31年4月2日 (火曜日)
・ 場 所   昭和の森ゴルフコース (0425-43-1271)
・         http://www.smgc.co.jp/
・ 時 間   アウト 10:45~ 2組  イン 10:24~ 4組  計6組
・ 集合    9時50分  10時00分頃よりデッキで開会式・写真撮影をします。
・ 費 用   11,384円 (食事代別、キャデイー無し、4Bの場合)
・ 会 費   2000円 (参加費・賞品代・懇親会費等) 当日受付時お支払いください。
・ 競技方法  新ペリア方式   表彰・ペナルティ通常通り
・ 表彰式・懇親会  プレイ終了後ゴルフ場にて開催

以上

 出欠のご返事期限

※ 出欠のご連絡は  3月9日までにお願いいたします。参加枠があれば、3月15日まで受付けます。

今回は6組で予約しております。多くの方の参加をお待ちしています。希望者多数の場合は先着受け付け順とさせていただきます(参加枠が埋まった場合にはキャンセル待ちとさせて頂きます)。
会員の方には別途メールにてご案内しています。

 

【麻】平成31年(2019年)1月、白鳥杯新春チャンピオン大会を開催!!

当麻雀会では新春早々の1月3日(日)、第6回白鳥杯争奪戦チャンピオン大会をJR国立駅南口より徒歩数分の雀荘「キャベツ」で開催しました。昨年は国分寺の雀荘「三千院」でしたが、「三千院」は改修工事のため暫らく閉店。新規開拓した国立の雀荘「キャベツ」での大会となりました。
新春早々の雀荘は、ほぼ我等三田会の麻雀卓で占拠する状況。タバコを吸う人も少なく、気分のよい大会となりました。
チヤンピオン大会は、昨年の月例会優勝者から10名(加藤、平林、利根川、安齋、菅谷、田村、常谷、篠崎、小林、横瀬)とワイルドカードから出場権を得た2名(大石、岩田、)計12名(3卓)での熱い闘いとなりました。小林隆夫さんは昨年10月、横瀬さんは11月の例会で優勝。二人とも暫らく優勝から遠ざかっていましたが、古豪復活の月例会優勝者として参加しました。
正月らしくお酒で乾杯、写真撮影の後にプレイ開始。10時30分~17時30分までの7時間に及ぶ長期戦、体力と知力が勝負の決め手になります。
途中3回、これまでの得点により組合せを再編成。これは参加者全員に優勝のチャンスを与えるための麻雀卓のリフレッシュ。大物の手造りを狙い、指の運動と頭の体操が加わりボケ防止に最適な新春の闘いに。今回は大物手役として大石さん、篠崎さんの2名が四暗刻の役満を和了しました。
熱戦の結果、今回栄えある「白鳥杯」を獲得したチャンピオン、優勝者は、安齋さん(S39経)、2位は大石さん(立川三田会)、3位は加藤さん(S38経)の順となり、2年連続優勝の加藤さんの3連覇は成らず、永世名誉名人の称号はお預けとなりました。
新年会は場所を変え、同ビルの居酒屋にて開催。参加者の持ち寄った賞品を取り揃え、全員でプレゼント交換。プレゼント交換は入賞できなかった人に優先権があり、自分の好きなものをゲット。入賞者は賞金と豪華景品をゲットして一同、大満足の一時を過ごしました。
最近の健康麻雀ブームについて一言。「かつての麻雀の不健康な部分を取り去った、賭けない、飲まない、吸わない(タバコ)健康麻雀。自分の手牌を揃えながら3人の相手の進捗状況を推理するわけですから脳を常にフル回転させる必要があり、これは脳トレをしている状態。頭を使う、手先を使う、人と会話をすることの多い人は認知症になりにくいといわれています。実際麻雀をしている高齢者の脳血流を測ったところ前頭葉の血流が活性化していたとのこと。麻雀は認知症予防に最適なゲームといえます。」

今年度の闘いは、既に昨年12月から始まっています。月1回の集まりですが、脳の活性化も期待できる健康麻雀。参加メンバーも次第に若返ってきており、是非一度麻雀会に遊びにきてください。一緒に楽しみましょう。

【E】Oh ! Enka の会 白寿のヴァイオリン・コンサートを開催しました。

1.日時   平成30年12月28日(金)14:30~16:30
2.会場   いずみホール・Bホール
3.出席者  61名(会員:27名、 会員家族・知人、欅友会他:34名)
4.ヴァイオリン・コンサート
・ ヴァイオリン演奏:小島亮一さん、ピアノ伴奏:丸山令子さん(お嬢様)
・ ①歌の翼に乗せて(メンデルスゾーン)     ②なつかしき愛の歌(ジェームズ・モロイ)
・ ③お気を悪くなさらないで(カール・ツェラー) ④君こそわが命(フランツ・レハール)
・ ⑤ロマンス(フランツ・レハール)       ⑥アヴェ・マリア(シューベルト)
・ ⑦タイースの瞑想曲(マスネー)        ⑧私の歌(チャールス・チャップリン)
・ ⑨私のママはウイーン生まれ(ルードヴィッヒ・グルーバー)
・ ⑩エヴァのワルツ(フランツ・レハール)
・ (アンコール) ウイーンに古くから伝わる「昔の歌」(作者不詳)

・ ◎故 郷(全員で斉唱)

・小島亮一さんは天野肇会員の嘗ての職場の先輩で、平成28年11月「95歳のヴァイオリン・コンサート」としてお招きしましたが、非常に評判が良く、“あの感動をもう一度”ということで再びお招きしました。年末の忙しい時期にもかかわらずなんと61名の出席者です。
小島さんは自己紹介の中でヴァイオリンとの出会い、軍隊での苦労話、インド駐在での経験などユーモアたっぷりに話されました。戦前は男子がヴァイオリンを弾く風潮がなく、ようやく20歳で始めたそうです。戦中、東京商科大学(現一橋大学)のオーケストラ部でヴァイオリン始め、戦後、武蔵野音楽学校で福井先生と出会い、東京音楽学校(現東京芸術大学)ヴァイオリン専科で学び、定年後は六本木のウイーン酒場「ドナウ」で演奏、98歳の現在も老人ホーム等でfiddlerとして演奏活動を行っています。理路整然と丁寧に判りやすく話し、頭の衰えはまったく感じません。演奏は一曲奏でる度に、きちっと姿勢を正して曲の紹介をします。用意した譜面台を使わずすべて暗譜です。60曲暗譜されているそうで、驚きです。ピアノを伴奏するお嬢様との意気も合っています。ご自身が歌う場面もありましたが、驚くほど声に張りがあます。小島さんは98歳になっても若く、エネルギッシュで、頭もシャープ、情熱を持ち続けている生涯現役のヴァイオリニストです。出席者も元気をもらいました。
今回のコンサートは会員だけでなく、会員のご家族・知人、欅友会など多くの方に声をかけました。会員の知人として来られた中に小島さんの恩師福井先生の甥の方や嘗ての同じ職場の方がいました。不思議なご縁です。「歌は元気の源」ということを感じるコンサートでした。
Oh ! Enka の会としてささやかながら白寿のお祝いの記念品を差し上げました。次回は100歳のヴァイオリン・コンサートとしてお招きしたいと思います。
最後は「故郷」を全員で斉唱し、来年も良い年であることを祈念してお開きとなりました。

世話役代表:塩井勝也(S41法)
世話役:斎藤信雄(S38政)、金田 一(S42工)、高橋伸一(S45法)、久保田宏(S46工)、
芳賀 崇(S47経)、平林正明(S47経)、山田 健(S47経)、池田敏夫(S47商)、井上 徹(S49政)

<出演者プロフィール>
◆小島亮一さん
・大正9年生まれ。東京商科大学(一橋大学)オーケストラ部にて、20歳よりヴァイオリンを始める。
・東京商科大学卒業後、商社トーメンに入社。召集され戦地へ。終戦後、東京音楽学校(現東京芸術大学)
・ヴァイオリン選科に学ぶ。トーメン・インド支店に長年勤務。定年後、fiddlerとして六本木のウイー
・ン酒場「ドナウ」でホイリゲ風の演奏を行う。現在はfiddlerとして老人ホーム等で演奏活動。
◆丸山令子さん
桐朋学園大学音楽学部研究科卒業。民族音楽専攻。現在、昭和音楽大学・恵泉女学院大学兼任講師。

【蕎】第55回 蕎麦っけの会を開催しました!

第55回「蕎麦っけの会」は、2018年12月22日(土)、お馴染みの国立「きょうや」で満席26名の参加にて恒例の忘年会。

冒頭、渡邉さん(40年工)から「今話題の自動車会社のG氏には、仕事で大変悩まされたことがありました。」との秘話が披露され、乾杯のご発声。

その後、いつもながらの美味しいお料理がスタート。途中、「皆さんが酔わないうちに」、前回同様に新規参加の紅一点・上原さん(59年文)のご挨拶。そして、いよいよ本日のメイン・イベントとして丸山大先輩(30年経)によるマジックがありました。様々に繰り出される手品に、一同やんやんの拍手で一気に盛り上がりました。

お酒は恒例の新潟の銘酒「吉乃川」ですが、皆さんいつも以上にピッチが速いため店の対応がテンワヤンヤ状態。ついに世話役の独断で、一升瓶をそのまま配る事態に至りました。

宴たけなわの頃には、「蕎麦っけの会」恒例の喜寿の方々(加藤さん(38年経)と武田さん(39年法))への花束贈呈。続いて、菅谷さん(37年経)からの闘病記のご報告がありました。また、「きょうや」のご亭主からは「いつも盛大なご利用ありがとうございます!!」との感謝のご挨拶

こうして、楽しい時間を過ごしつつ、美味しい蕎麦をシッカリお替わりした後、締めくくりとして、平林さんの名指揮による「若き血」へと進みました。

ゆく年くる年、「来年こそは、災害もない良い年でありますように」と、一同、心を込めて祈りつつ中締めとなりました。次回は、3月下旬~4月上旬頃に、お花見も兼ねての会を催す予定です。

(世話役。野田(52年経))

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【C】第13回実習を開催しました 

2018年7月10日(火)光プラザ生活実習室で開催しました。
テーマは暑い夏を乗り切る「さらば夏バテ!」 メインは「にんにく煮豚」です。

<にんにく煮豚>
豚肩ロースかたまり肉を焼き色をつけ、にんにくと煮汁(酒、醤油、水、砂糖)を加えて25分ほど煮、更に予め準備したゆで卵を入れ3分程煮る。
肉は竹串をさし透き通った肉汁が出てくればOK! 豚肩ロースかたまり肉は返しながら煮るのがポイント!
なすのトマトソース
なすを強火で炒め、水を加えてふたをして弱火で4分。皿になすを盛りつけソースをかける。
ソースは角切りのトマトとみじん切りのしょうが・にんにく・長ねぎに、しょうゆ・酢・オイスターソースとオリーブ油等をまぜておく。
なすとしょうが・にんにくの組合せが食べやすくgood!
モロヘイヤとえのきのスープ
中華風の簡単スープ。超お手軽!
新しょうがのジンジャエール
新しょうがに砂糖をまぶして30分、更に水を加えて20分煮る。シロップを入れて炭酸水で割る。スッキリ感がたまらない!

世話役 沼野 義樹

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【歴】第87回 歴史をひもとく会 開催報告

南北朝時代の武士と国分寺・府中

祈りの「奈良」、雅の「平安」、相克の「安土桃山」、太平の「江戸」、各々の時代の様相は明らかですが、然らば「室町」は、その時代の相貌は。今回、この問いへの答えを求めて、新進気鋭の国文学者である慶應義塾大学文学部の小川剛生教授にご講演をいただきました。

第87回講演会は、平成30年12月8日(土)都立多摩図書館2Fセミナーホールにて、歴史をひもとく会の会員46名の参加者の下で行われました。

冒頭、講師は配布資料に書かれた地図を基に、武蔵国の地政学的な解説から説き起こし、府中に置かれていた国府を通じての武蔵国支配の仕組みや、当時の地方豪族であった在地領主が領土を安堵するのに如何に腐心していたかを説明された。彼らは独立志向型で、自分のことは自分でやるという意識が強く、中世期は当事者主義・自己責任の時代であったと切り込んでいます。戦(いくさ)を例にとれば、軍勢を整える戦費はすべて自前で、負けたら没収。当時の武蔵国は、地頭としての小領主がひしめき、形式的にも自己の支配権を保証してくれる幕府の権力に臣従し、その義務(奉公)として彼らは軍役・治安維持・インフラ整備・普請などを負担させられていた様です。
武蔵国を貫く鎌倉街道上道(かみつみち)は、南に相模、北に上野・越後に繋がる幹線道路で、主要な軍用道路でもありました。北に、大領主が多かった北関東と対峙し、南北の流通の支配と権益を賭けて、利根川を軍事境界線としてせめぎ合っていました。やがて時代が移るに従って、公方足利氏と管領上杉氏の抗争に転化して行き、公方側が些細なことを言いがかりにして度々北関東勢に戦いを起こし、上道を利用して出兵を繰り返し、軍事的プレゼンスが半ばセレモニー化していたのが時代の様相であり、まさに道が時代を作ったと云えましょう。

さて、学問上のネックは、室町期の研究に必要な資料が極めて不足しており、京都から遠く離れた地方については、当時を紐解く資料は殆ど見当たらないのが実情です。然し乍ら、大正時代に発見された高幡不動金剛寺の本尊である不動明王の胎内に残されていた古文書(70通の書状断簡)は、当時の様相を知り得る貴重な手掛かりとして資料的価値が高いものであることが判ってきました。
約30年前から解読が開始され、50通は小領主の山内経之の書状で、内容は家族への恋慕と戦場での窮状に伴う補給の無心等を訴えているものと判明しました。当時の武士階級の実情を把握する貴重な資料として更なる解明が待たれる。
講師は、配布資料を原典購読風に解説し、分かり易く現代語に翻訳してくれています。近在の馴染みのある寺院からの出土品にまつわる興味深い話が次々と紹介されて、聴衆も中世の武家の世界に大いに引き込まれ、あっという間に講演時間満了となりました。

会場内は咳払い一つ聞こえず、講師の話を聞き漏らすまいと、全員が真剣に配布資料を食い入る様に眺め、恰も、学生時代の教室に戻った様な雰囲気がとても印象的でした。その脳裏には、室町という時代の相貌はどの様に映ったのであろうか。これもまた興味の尽きないところです。

以 上

IMG_8497 (2)・ 講師 慶應義塾大学文学部教授 小川 剛生氏
・  1993年 慶応義塾大学文学部国文科卒
・  2006年『二条良基研究』で第28回角川源義賞を受賞(最年少)
・  2016年 慶應義塾大学文学部教授就任
・  2017年 第3回西脇順三郎学術賞受賞
・  ◇著書「足利義満 公武に君臨した室町将軍」(中公新書)ほか多数