【囲】4月から囲碁の会の会場が変わりました

今まで使っていた囲碁サロン「ムサシ」が3月末で閉店になり、4月から会場を変更しました。取りあえず、4月は「本町・南町地域センター」で開催しました。5月は国分寺駅一分の「囲碁センター」で開催予定です。両方で開催してみて、良い方で6月から継続開催する予定です。

囲碁人口が減少していることに加え、各所の公民館などで、囲碁が打てるようになっている為か、碁会所の閉鎖が続いています。西国分寺の囲碁サロン「ムサシ」も約20年の歴史に幕を閉じました。日本の囲碁会も中国、韓国に押されていますが、このように碁会所の閉鎖が続くと、ますます弱くなっていくでしょう。残念なことです。

我々の囲碁の会は、毎回15~16名が参加され、充実した楽しい碁会に成長しています。ご興味のある方は是非ご参加ください。

【E】 第87回Oh!Enkaの会を開催しました。

・ 1.日時    平成28年 4月 2日(土)14;00~16:30
・ 2.会場    国分寺本多公民館 ホール
・ 3.出席者   67名(国分寺三田会44、近隣三田会1、国分寺稲門会7、同伴者15)
・         他に熊谷 晃氏(ミニリサイタル)、森川由美子先生(ピアノ伴奏と歌唱指導)
・ 4.スケジュール
・   ◆第1部  カレッジソング(塾歌、慶應讃歌、オール慶應の歌、丘の上)。
・   ◆第2部  ミニリサイタル バリトン歌手 熊谷 晃氏
・         宵待草、城ケ島の雨、浜辺の歌、 イタリア歌曲(勿忘草、光さす窓辺、禁じられた音楽)、
・         ドイツ歌曲(アナクレオンの墓、アヴェ・マリア、二人の兵士)、
・         スコットランド民謡(Auld Lang syne)
・   ◆第3部  みんなで歌おう、季節の歌
・         五番街のマリーへ、ロッホ・ローモンド、春の日の花と輝く、栄冠は君に輝く
・   ◆エール交換 若き血

・本多公民館ホールを借り、広々としたスペースで盛大に開催することができました。
・メインイベントはバリトン歌手・熊谷 晃氏をお招きしてのミニリサイタルです。1昨年3月にOh!Enkaの会
に 出演していただき、今回は2度目です。サラリーマンを定年退職後、桐朋学園大学で若い学生と一緒に4年間本格
的に声楽並びに副科として指揮を学んで見事ディプロマ(卒業証書)を取得したというユニークな音楽家です。サラリ
ーマン時代の職場の同僚、榎下信徹会員(S42政)の紹介でOh!Enkaの会にお招きするようになりました。
今回は日本の抒情歌、西欧の歌など10曲を歌っていただきました。曲が誕生したいきさつ紹介等トークも見事です。
「Auld Lang syne」は日本では「蛍の光」として別れの時などに歌われますが、原曲は「旧友と再
会し、思い出話をしつつ酒を酌み交わす」といった喜びの歌だそうです。塩井世話役代表のリクエストで歌っていただ
きました。
・アンコールが鳴りやみません。結局「桜貝の歌」「砂山」「音楽に寄せて(シューベルト)」の3曲アンコールで
す。「音楽に寄せて」は「人生の辛い時に心に光をともしてくれた音楽に感謝する」という内容でいつもアンコールの
最後に歌うそうです。テノールのようにきれいで、バスのような力強さのある中音のバリトンボイスにすっかり魅了さ
れました。また、思いがけなく熊谷氏のボイストレーニングを受けることも出来ました。
・第3部「みんなで歌おう」では4曲歌いました。「五番街のマリーへ」はスコットランド民謡「ロッホ・ローモン
ド」に良く似ています。童謡「シャボン玉」も讃美歌「主われを愛す」に似ています。曲だけでなく、歌詞も「消え行
く幼き命への祈り」と言う点で共通しています。矢野会員が飛び入りで「主われを愛す」を日本語、英語、関西弁バー
ジョンで歌いました。なかなか見事です。他にも塩井世話役代表から「似ている歌」の紹介がありました。音楽には似
ている歌が数多くあります。一般に「尊敬するクリエーターや作品に影響を受けて似たような作品を作ることは“オマ
ージュ(尊敬、敬意)”、単なる模倣は“盗作”」と言うことのようです。
・最後は平林会員の指揮による「若き血」斉唱です。全員が肩を組んで応援歌を歌える幸せを味わいました。
素敵なバリトンを聞かせていただいた熊谷様、ピアノを伴奏いただいた森川先生。今回出席いただいた皆様、本当に
ありがとうございました。次回もご期待ください。

◆次回  5月21日(土)10:00~12:00  Songs いずみホール・Bホール
◆次々回 6月19日(日)10:00~12:00  本多公民館(予定)
・           ミニ講演会:シェークスピア作品の翻訳家松岡和子さんによる「シェークスピアの生命力」

世話役代表:塩井勝也(S41法) 世話役:金田 一(42工)、高橋伸一(S45法)、久保田宏(S46工)、
矢野拓郎(S46商)、芳賀崇(S47経)、平林正明(S47経)、山田健(S47経)、池田敏夫(S47商)

 

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【講】国分寺三田会特別講演会を開催しました。

1.日時  2016年年 3月26日(土)14:15~16;30
2.会場  国分寺労政会館
3.演題  -戦後70年、封印されてきた真実を語るー “日本にもあった戦争神経症”
4.講師  目黒 克己氏(昭和34年慶應義塾大学医学部卒・医学博士、元国分寺三田会会長)
5.出席者 102名
・     (会員59名、近隣三田会8名、医学部塾員1名、近隣稲門会7名、欅友会23名、その他4名)

・目黒先生と戦争神経症の出会いは、1962年、国立国府台(コウノダイ)病院神経科に勤務していた時に一人の戦争神経症患者を受け持ったことから始まったそうです。戦争神経症とは、通常は軍隊内で発生した神経症のことです。前線で発生したものと内地あるいは後方の兵站基地で発生したものを合わせて戦争神経症としています。今回は①日本軍の戦争神経症の実態、②日本の戦争神経症の研究に関わった人々、国府台陸軍病院とその業績、③終戦と戦争神経症、 ④封印された戦争神経症の20年後の予後調査、⑤諸外国の戦争神経症、⓺第二次大戦における米軍に発生した戦争神経症の予後調査について語っていただきました。
・欧米では戦争医学として戦争神経症の研究が進んでいますが、日本人の精神力を強調する軍は戦争神経症については、一般に知らせていませんでした。しかし、現実には第一次大戦の欧米の経験から「戦争神経症」の対応を重要視して国府台陸軍病院を拠点としていました。終戦時、軍は資料の焼却を命じましたが、病院長の故諏訪敬三郎氏はひそかに8千冊の病床日誌を倉庫に残しました。目黒先生はこれを見つけ、戦後20年の時点で104例を対象に郵送と面接で予後の実態調査を行いました。104例のうち25%が治っていないと答え、治ったという人も神経症的傾向が続いていました。面接した主な4症例は次の通りです。「(症例1)軍隊生活への不適応(古参兵による私的制裁を受けた)」、「(症例2)戦闘行動の非人間性に対する不安(何度も討伐に参加。燃えている家に、消せるはずもないのに手桶で水をかける老婆が母親に似ていた)」、「(症例3)「戦闘による消耗(連日強行軍。作戦中に卒倒)」、「(症例4)心因あり、うつ状態(討伐に参加、古参兵の私的制裁、激しい空襲と食料不足、武器を失い、ひどく叱責される。不眠、うつ状態)」。
・目黒先生は故諏訪敬三郎氏から「今後50年間、論文に記した以外は口にするな」とくぎを刺され、封印してきました。調査当時は研究内容に対する世の中の評価は冷たかったそうです。そして調査後50年経った2015年に朝日新聞の取材に応じました(2015年8月18日付け朝刊:封印された「戦争神経症」)。目黒先生は「①真実は一つ。ただ、時代により評価が変わる。いまでは戦争神経症が新聞に取り上げられるようになった。②戦争は勝った側、負けた側どちらにも心の傷が残る。戦争は悲惨。」と言う言葉で講演を締めくくりました。
・小笠原会長の開会挨拶、天野先輩の閉会挨拶にもありましたが、安保法制、憲法改正等国のかたちが議論される中で今回の講演は戦争の悲惨さについて考える絶好の機会になったと思います。特に天野先輩の戦中、戦後を通じての体験から戦争はこりごりだと言う話は説得力がありました。また目黒先生という戦争神経症の研究者が国分寺三田会の先輩にいらっしゃるということは我々の誇りです。目黒先生、貴重なお話をありがとうございました。
講演記録は追ってHP(会員専用頁)に掲載します。ご期待下さい。
・講演会事務局 前原憲一(S45工)、藤枝とし子(S43文)、高橋伸一(S45法)、岩田友一(S45工)
・       古賀良三(S46経)、久保田宏 (S46工)、池田敏夫(S47商)、沼野義樹(S48経)

・   目黒 克己氏プロフィール
1960年       慶應義塾大学医学部精神神経科教室入局
1960年〜1968年 国立国府台病院神経科・国立精神衛生研究所
1966年       『20年後予後調査から見た戦争神経症』の研究で医学博士
1967年〜1968年 米国ハーバード大学医学部精神科研究員
1970年〜1991年 厚生省勤務。生活衛生局長で退官。
1994年から恩賜財団済生会本部理事、  現在、医療法人高仁会顧問

 

講演風景IMG_9289

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【ゴ】第48回国分寺三田会ゴルフ会

第48回ゴルフ会が、桜の花の開花が進む暖かい陽気に恵まれた3月29日に恒例「昭和の森ゴルフコース」にて参加者23名で開催されました。
優勝はハンデ(隠しホール)に恵まれた山田さんが、準優勝にはベテラン斎藤さんが、ベスグロは最年少会員諸江さんが見事獲得されました。
PLAY終了後は、場所を変えて「庄や 西国分寺店」で成績発表を兼ねた懇親会が開催され、大変楽しい時間を過ごすことが出来ました。

スタート前に全員集合して記念撮影 桜をバックにして

スタート前に全員集合して記念撮影
桜をバックにして

第48回国分寺三田会ゴルフ会

・ 開催日   3月29日 (火曜日)
・ 場 所   昭和の森ゴルフコース(昭島市)
・ 時 間   8:06より out・in 各3組
・ 競技方法  新ぺリア方式

ゴルフ部会懇親会

・ 場 所  西国分寺南口 「庄や 西国分寺店」
・ 時 間  18:00~
・ 参加者  18名